KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2024年1月号
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だ。その輝きは標本になっても色あせることはない。五体目の標本が完成した時には大きな達成感を得たが、再び飢餓感が膨れ上がる。今こそ最高傑作を完成させるべきだ。果たしてそれは誰の標本か。――幼い時からその成長を目に焼き付けてきた息子の姿もまた、蝶として私の目に映ったのだった》デビュー作『告白』も、2022年映画化され劇場公開された『母性』も。これまで母と娘を主人公にした物語を数多く手がけてきた。だが、この男性である「私」の独白を読み進めていけば、新作は父と息子の物語が軸になって描かれている、と理解できる。「私の読者は女性ファンが多いと言われていますが、実はサイン会に来てくれるファンは男女半々なんです。2023年に開いたサイン会に来てくれた男性から『父と息子の物語も読んでみたい』と言われました。私自身、ずっと書きたいと思っていたテーマだったんです」と打ち明ける。もう一つの重要なテーマは蝶の標本。「蝶に見えている世界は、人間が見ている世界とはまったく違うんですよ」と湊さんは言い、「人間には見えない紫外線が見える蝶の独特な色の世界」について詳しく説明してくれた。標本の作り方も詳しく調べたという。「実際に蝶の標本も手に入れました。アクリルケースの中の蝶の標本は、見る角度によって、その美しさがまったく違って見えるんです」蝶の種ごとに違う生態や特徴も詳細に綴られる。そして、その蝶たちが、それぞれ乗り移ったかのような少年たちの独特の特徴、性格なども詳細に綴られ…。「生きている蝶や、その標本の美しい色が鮮明に映像として目の前に浮かびあがるまで想像し、その映像を詳細に文字で書き記していく…。そんな執筆作業でした」ベストセラー小説を原作に数々の映画化、ドラマ化が繰り返されてきた。連続ドラマの脚本も手掛けているだけに、映像と活字との親和性には強いこだわりがある。読み手の想像を軽く超えていく驚くべき展開、スピード感あふれるストーリー・テリングの力。読み始めるとページをめくる手が止まらない。ぐいぐいと一気に引き込まれていく…。そう伝えると、「目次はあえてつけていません。分量は原稿用紙で計約400枚。これまでの経験から割り出した枚数なんですよ」と、「意図した通り」に一息で読み進むことができる手法が駆使されている。初めての休養前作『ドキュメント』の刊行直前。湊さんを取材し、「⽉刊神⼾っ子」2021年4⽉号の「物語が始まる」で紹介した。このとき、湊さんは「この春から一年は執筆活動を休もうと思っているんです」と、〝休業宣言〟していた。「デビュー以来、ずっと休まずに書き続けてきたので、もういくら搾っても搾っても搾りカスさえ出てきませんので…。少し休養し、好きな登⼭をしたり、語学を学んだりしながら次の執筆のために備えたい」と話していた。31

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