そこで生まれたのが、「人工的にニュートリノをつくって、そのニュートリノ振動を見よう」という発想です。人工的につくるのであれば、その発生量や、タイミング、エネルギーなどの条件、飛ばす向き、そういったものを全て人間側でコントロールできます。それにより、ニュートリノ振動現象を、より高精度に測定できます。我々が知りたいのは、ニュートリノ振動が起こっているか否かだけではなく、どのように起こるのか、その定量的な数値です。ニュートリノを人工的に発生させる方法は、その原理についてはかんたんで、大気ニュートリノと同じように、標的となる原子核に、加速器で加速した高速の陽子を撃ち込み、その原子核を破砕してパイ中間子をつくり、そのパイ中間子を飛行させて自然に崩壊させてニュートリノを得ます。このパイ中間子の段階では電荷を持っていますので、電磁石を使って集束させ、ビーム状にすることができます。この人工ニュートリノビームをニュートリノ検出器に撃ち込み、検出器に到達するまでに起こるニュートリノ振動を測定します。ここで問題は、ニュートリノ振動が充分起こるためにはそれなりの時間が必要だということで、ニュートリノをつくる施設と、ニュートリノ検出器との間には、ある程度の距離が必要となることです。時間にして一〇〇〇分の一秒程度でよいのですが、ニュートリノの飛行速度はほぼ光速ですので、距離にすると数百キロメーターほどになります。もともと大気ニュートリノ問題は地球の各地から来るニュートリノを観測していて発見したわけですから、それを再現するには地球規模の距離が必要です。この距離を飛行させて行う実験を、長基線ニュートリノ振動実験と言います。この実験は、世界で初めて、筑波にある僕の職場、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の敷地内にある加速器施設でニュートリノをつくり、それをスーパーカミオカンデまで撃ち込む、という形で行われました。人工的に生成したミューニュートリノの一部がタウニュートリノに変わり、前回の話の通りタウニュートリノはスーパーカミオカンデでは観測できないので、「消えた」量として観測されます。飛行距離は二五〇キロメーターです。KEKから神岡までということで、KEK to Kamiokaを略し、「K2K実験」と呼ばれました。この実験は一九九九年から二〇〇四年まで行われ、九九・九九八パーセントの確率でニュートリノ振動が起こっていることを証明し、同時にこの変化の具合を示す各種の数値が実測されました。この実験が極めて優れた結果を出したことで、アメリカ合衆国のフェルミ国立加速器研究所などでも63
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