KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2023年12月号
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われ、予言の通り父が急死するが、雪子の毎日は何も変わらないというものである。例会では「大へんよい!これまでので一番よい!!」「ますらお文学だと思う」などの好評もあるが、庄野潤三は「何故この人は小説を書いているのか?それがわからぬ。(略)これはい々気なところがあるよ」と相変わらず否定的である。合評の後半は作品を離れ、「女のゲイジュツ家はありやなしや」と、現代では考えられない議論になり、久坂葉子は「女はゲイジュツカになれる!」と断言するが、三十代の男たちはそれを認めず、「おんなの作るところ演じるところはこれは世界のゲイジュツの御あいきょうにすぎないではないか!」などの暴論も飛び出す。当時、久坂葉子がいかに理不尽な立場に置かれていたかがわかる。そんな状況にもかかわらず、本作は作品社の八木岡英治の目にとまり、「ドミノのお告げ」というタイトルで『作品』春夏号への転載が決まる。それが第二十三回の芥川賞候補に選ばれるのである。久坂葉子は十九歳。このときの心境を「久坂葉子の誕生と死亡」にこう書いている。「びっくりした。(略)喜びよりも、えらいこっちゃと心配になって来た。と云うのは、私は、何気なく書いて来たので、書くということに何の論理も持っていなかったからである」一週間後、久坂葉子は選外の発表を新聞で見てほっとするが、「文藝春秋」に載った丹羽文雄の「チャーチル会の女優の絵」という批評には、「大へん怒りを感じた。皮膚でもって、字づらだけで作品をみている」と不満を述べている。芥川賞候補になったことで、受賞できるとまでは思っていなかったものの、文壇に認められたという自信は得られ、これまで無名の存在だった自分が、肩書きのある作家に変貌したことを、強く意識するようになる。これは喜びであると同時に、大きな心理的負担にもなったことだろう。注目されるのは嬉しいが、次に書くものは、芥川賞候補作家にふさわしいものが求められる。もう気楽に思いつくまま書くことは許されないのだ。そのことが呪縛となり、徐々に彼女を追い詰めることになっていく。PROFILE久坂部 羊 (くさかべ よう)1955年大阪府生まれ。小説家・医師。大阪大学医学部卒業。外科医・麻酔科医として勤務したあと、在外公館の医務官として海外赴任。同人誌「VIKING」での活動を経て、2003年「廃用身」で作家デビュー。2014年小説「悪医」で第三回日本医療小説大賞受賞。近著に「寿命が尽きる2年前」「砂の宮殿」がある。書き込み「芥川賞コーホニナツテチョットエバッタトコロ」45

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