同人雑誌VIKINGには「例会記」なるものがあり、例会での発言を記録する習慣がある。私も同人として何度か担当したが、二十人ほどが約三時間、勝手気ままにしゃべるのを記録するのはたいへんだった。しかし、この例会記のおかげで、久坂葉子の作品が当時、同人たちにどのように批評されたかがわかる。「入梅」のあとに、彼女は「四年のあいだのこと」(11号)「猫」(12号)「晩照」(14号)「終熄」(15号)と、毎月のように小説を発表し、それぞれに興味深い発言があったことが記録されている。たとえば、「四年のあいだのこと」には、富士正晴が「全体に非常に残酷なものがある。それは作品を貫いている一種の独特な圧力ともいふべき」とほめる一方で、庄野潤三が「作者に対する本質的な或る不満を感じる。それは自分の魂を見つめるといふことが欠けているのではないかと云ふ不満だ」と述べている。「猫」については、小川正巳が「この作者はインスチンクトにおいて異常でんな。読んどって動物磁気にあてられま」と、久坂葉子の描写の特異さをほめている。「晩照」では、「地の部分がチッ(ママ)としていないんでしょう。大体、もっと秩序が欲しいですな」(庄野潤三)「煉瓦を積み重ねる操作もね」(富士正晴)「この辺で背中をどやさんといかんね」(島尾敏雄)など、厳しい意見も出ている。そして満を持したように、これまでで最長の作品(七十枚)である「落ちてゆく世界」が、17号に掲載される。この作品は、島尾敏雄の紹介で作家の若杉慧が先に読み、書き直して「文芸首都」に送れと言われたのを東京に送ったところ、ボツになったのでVIKINGに載せたものである。内容は、戦後に凋落した名家の娘・雪子が、喘息で苦しむ旧弊な父や、宗教に執心して何でも神頼みの母、結核で入院中の無力な兄、ジャズを好み、年上の既婚女性と怪しげな関係を持つ弟などに囲まれながら、売り食いの憂うつな日々の中で、街の八卦見に将来を占ってもらうと、近々大きな動きがあると言久坂葉子はとまらない早逝の女流作家芥川賞候補の呪縛vol.544
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