たことはありますか。そんなことはありませんよね。海外でも、日本と同じように呼吸ができるはずです。それは、日本だろうが海外だろうが、地球上の大気の主成分はどこでも同じだからです。ということは、地球上どこでも、同じだけの大気ニュートリノがつくられていると考えられます。それでは、途中でほとんど地球と反応したりしないニュートリノは、どこから来たものでも、スーパーカミオカンデで同じだけの量が観測されるのではないでしょうか。ところが、それが違っていたのです。日本上空の方角から来た大気ニュートリノに比べて、日本から離れた方角にPROFILE多田 将 (ただ しょう)1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。なるほど、そこから来る大気ニュートリノの観測量は減っていったのです。言い方を変えれば、スーパーカミオカンデまで到達する時間が長いほど、大気ニュートリノ(ミューニュートリノ)の数が減っていく傾向が見られたのです。実は、スーパーカミオカンデで採られている検出方法では、電子ニュートリノとミューニュートリノは観測できますが、タウニュートリノは観測できません。たとえば、ミューニュートリノがタウニュートリノに変わってしまったとしたら、その変わった分は観測できないので数え漏らしてしまい、まるでニュートリノの数が減ってしまったように見えます。減ったのではなく、タウニュートリノに変わっただけですが。つまりこの現象は、まさにニュートリノ振動が実際に起こっていることを観測しているのではないか、とスーパーカミオカンデの実験グループは考えたわけです。そして、三〇年前の論文を引っ張り出してきて、その理論通りだとどれくらい「減ったように」観測されるかと計算すると──なんと、ニュートリノ振動理論にぴったりと合っていたのです。スーパーカミオカンデの実験グループは、一九九〇年代後半の大気ニュートリノの観測によって、素粒子なのに別の素粒子に変わってしまうという、ニュートリノ振動現象が、現実に起こっていることを証明したのです。その功績によって、その実験グループのリーダーであった梶田隆章先生はノーベル賞を受賞されたのです。νe電子ニュートリノνμミューニュートリノντタウニュートリノニュートリノ振動70
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