KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2023年10月号
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「トリノ」だと思っています。トリノはイタリア産業の中心地ですしね。しかしこれは片仮名で書くからそう思えるだけで、実際には「切る場所」が違います。「neutrino」は、「neutr」「ino」です。新しい(new)ではなく、ニュートラルの「neutr」です。ニュートラルとは、例えば車だとギアがどこにも入っていない状態のことですが、この場合のニュートラルは、「電荷が正でも負でもない、電荷を持っていない」ということを意味します。そして「ino」は、こちらはイタリア語で、「小さい」を意味します。こうしてイタリア語と英語を混ぜるからいけないのかも知れませんが、その名づけ親は、イタリアから米国に亡命した物理学者エンリコ=フェルミだからなのでしょう。この「電荷を持たない」「小さな」粒子という名前が、ニュートリノの性質をよく表わしています。電荷を持たないことは電磁力を受けないことを意味し、それは世の中のほとんどの物質と反応しにくいことを意味しています。なぜなら、第3回でお話しした原子の周囲を覆う電子とは反応しないからです。そして、反応する場合には原子の中の原子核と直接反応することになるわけですが、この原子核がこれまた第3回でお話しした通り、原子の一〇万分の一しかない上に、ニュートリノの「ino」が示すように、ニュートリノはその反応断面積(正面からみた面積、くらいに考えて下さい)が、素粒子の中で最も小さいので、原子核とも反応しにくいのです。どれくらい反応しにくいかの例を挙げましょう。さきほど、太陽から地球にニュートリノが降り注ぐ話をしましたが、このニュートリノが、地球、この直径一三〇〇〇キロメーターの岩石の塊を通過する際に、一度でも反応する確率は、なんと、一〇〇億分の二くらいなのです。みなさんの身体は地球より随分小さいですよね。ですから、一秒間あたり六〇〇兆個のニュートリノを浴びていながら、それがみなさんの身体の中で反応するのは、一〇〇年に一度くらいです。だからニュートリノを感じないのです。このように極めて反応性に乏しいニュートリノは、宇宙で光の次に多く存在しながら、その性質があまり調べられていませんでした。そこで、それをより詳しく調べるのが、僕の仕事なのです。PROFILE多田 将 (ただ しょう)1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。70

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