の行為を反省し、悪だと思った点を書け」という課題を出した倫理教師への激しい反抗である。久坂葉子は教室で立ち上がり、何のためにそんなことをするのか、懺悔僧でもないあなたが全生徒の懺悔を聞き出して、その負担の重さに耐えられるのか、人の悪なる行為を聞き出すのは悪趣味だなどと教師に詰め寄り、「たとえば、私が、淫売行為をしたとする……」などと言ったことから、久坂葉子は不良少女のレッテルを貼られる。さらには戦争中の厭世気分から仏教に惹かれ、右手首に数珠を巻いて、級友や教師から変人扱いされる。周囲から孤立し、授業をサボって闇市をうろつき、映画館や喫茶店に入り浸り、喫煙もして、レッテル通りの不良になっていく。さらには厭世気分が高じて死に惹かれ、ついには自殺未遂を起こしてしまう。このようなアウトロー的な逸脱は、とりもなおさず作家的資質のなせる業だろう。久坂葉子は特異な感性で、自意識に苦しみ、生きていく意味に悩み、十代半ばにして死に惹かれはじめる。その意識から逃れるため、自分を忙殺することを望んで、新聞広告を見て羅紗問屋の給仕になる。しかし、それも長続きはせず、肺病にかかって自宅に引きこもる。そこで最後の砦のように没頭したのが、創作としての小説だった。それにしても、「灰色の記憶」に描かれる当時の上流階級の暮らしぶりは、なんと世離れしていることか。家には家族のほかに女中が三人と乳母がおり、お転婆な久坂葉子のいたずらは「マントルピースの上の石像」に触ることだったり、疎開した本家は「堂々とした石壁の立派な日本館と西洋館とが鍵形になった邸」だったり、散髪も毎月床屋が自宅に来て、「日の当たるヴェランダで、消毒のにおいのするヴァリガンを首すじにあて」てもらう等、およそ庶民の生活とはかけ離れたものだった。それを無自覚に書いてしまう久坂葉子の無防備さが、後々、彼女を死に追い詰める遠因にもなるのだが、当人がそれに気づくことはなかっただろうと思われる。PROFILE久坂部 羊 (くさかべ よう)1955年大阪府生まれ。小説家・医師。大阪大学医学部卒業。外科医・麻酔科医として勤務したあと、在外公館の医務官として海外赴任。同人誌「VIKING」での活動を経て、2003年「廃用身」で作家デビュー。2014年小説「悪医」で第三回日本医療小説大賞受賞。近著に「寿命が尽きる2年前」「砂の宮殿」がある。幼少時の久坂葉子久坂葉子のアルバムより51
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