KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2023年10月号
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度があった。なんて素敵な街なんだろうと思っていました。神戸に来ると、今でも北野を歩きたくなります。思い出のある神戸なので、震災の朝はとてもショックでした。「昨日」と「今日」は繋がってはいないのだと。そして「明日」も同じく繋がってはいないのだと思い知らされました。人生観みたいになるけれど、何一つ確かなものなんてない、「今」がどれだけ尊いものか、あの朝、思い知ることになりました。混迷の時代に聴いてほしいと選んだ歌を、神戸で歌うことになりました。素晴らしい機会をいただいたと思ってます。まだまだ、もっともっとがんばらないといけませんね。 シャンソンを歌い続けて いま、思うこと若さが武器にならないジャンルを選んでいたことは幸せでした。歌い始めた頃は意識してはいませんでしたけれど。歳を重ねることで得られるものがある。歳を重ねたから歌に込めたい思いがある。歳をとって声が子さんが書いてくれました。ジブリ作品『いつも何度でも』を作った方です。愛に奥行きがあることはわりとわかると思うんです。愚かの奥行きを知るのは年齢を重ねたからこそかもしれません。 銀巴里の歌 『幽霊』この曲からはなんか強い力を感じて、高野圭吾さんの日本語詞の世界観も好きで、コンサートでは必ず歌っています。“潰れたトマト”“萎れたキャベツ”が、歌の中で深い意味をもつことになるとはね…。タイトルは『幽霊』ですけれど、なんか小洒落ていて、「どっこい生きてるぞ」と元気になれるんです。こういうことを重々しくならずに歌にできるのもシャンソンらしさでしょうね。 神戸でのコンサートすごく若かった20代の頃、神戸には親しい人がいてよく通ったんです。北野の坂道、異人館のある街並み、ジャズが聴けるお店がいくつもあって、人の密出なくなっても、そこに人生が見え隠れしたら、その歌は唯一無二のものになる。だてに生きてきたわけじゃないもの。しんどかったことも、めんどくさかったことも表現したい。もしかしたら歳を取ることが、最高の手段と言えるかもしれません。老いていくことをそんなふうに肯定しています(笑)それと、シャンソンってお酒を恨み酒にしない。落ち込もうと失恋しようと、お酒に逃げない。あくまでも、ワインは愉しむために。そこ、好きなんです(笑)撮影協力:オステリアカリメロ(神戸市)クミコ プロフィール1982年シャンソニエの老舗・銀座「銀巴里」でプロ活動をスタート。2002年「わが麗しき恋物語」が、“聴くものすべてが涙する歌”としてヒットし一躍脚光を浴び、07年中島みゆき書き下ろしのアルバム曲「十年」が話題に。10年、「INORI〜祈り〜」で第61回NHK「紅白歌合戦」初出場を果たす。14年、「広い河の岸辺〜The Water Is Wide〜」がロングヒット。17年、アルバム「デラシネ」(クミコwith風街レビュー)が日本レコード大賞優秀アルバム賞を授賞。22年、銀巴里でプロ歌手として活動を開始してから40周年を迎え23年7月、銀巴里から生まれた名曲「時は過ぎてゆく/ヨイトマケの唄」をリリースするなど様々なメディアへの出演、全国各地でのコンサートなど各方面で活動中。46

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