御年87歳の現代美術家・横尾忠則が1年ほどで、畢生の大シリーズ「寒山拾得」の新作未公開の102枚を描き上げた。横尾は2019年から「寒山拾得」をテーマにした作品を描きはじめたが、本展は2021年9月から2023年6月までに制作された。ときには1日3枚という驚異的なスピードで描かれたものもある。「寒山拾得」とは中国・唐時代に生きたという詩をよくした二人の禅僧で、現代に遺る詩集「寒山子詩集」の序文によってその人となりが知られる。寒山はボサボサの頭でボロボロの衣をまとい、人が分からない言葉を話す。寒山は寺でまかないの仕事をしている拾得から残飯をもらっていたという。詩を詠むなど、高い教養を持ちながら、いつも三日月のような目と口で奇妙な笑いを浮かべている。寒山拾得の行動は常軌を逸し、世俗にとらわれない。二人の超俗的な振る舞いは「風狂」として捉えられて仏して、アスリートのように寒山拾得を描き出した。それらは明るい色調のものが多く、強い輪郭線は影をひそめ、画面の背景とモティーフが渾然一体となっている。それはオーソドックスな絵画技法の縛りからも解放されたかのようだ。日々描き続けられた横尾の描いた本展の百面相のような「寒山拾得」を目にすることで、体に力と熱がみなぎり、観る人の精神は何ものにも縛られない「自由」という精神を実感できることだろう。教、とくに禅宗の中で尊ばれた。そして絵の画題として数多く描かれるようになった。日本でも、鎌倉時代から近代にいたるまで、多くの作品が表わされた。横尾はこの「寒山拾得」をテーマにして、寒山が手にする巻物をトイレットペーパーに、拾得の持つ箒を掃除機にするなど、現代的な事物にメタモルフォーゼさせるなど、寒山拾得の一切の拘りのない精神の如く、キャンバスに筆を揮った。ときに箒で空を飛ぶ寒山拾得が現れ、メジャーリーグベースボールやワールドカップサッカーの時事も登場する。さらには過去の著名人やロビンソン・クルーソー、アルセーヌ・ルパンといった架空の人物たちも自由奔放に、そして縦横無尽にあらゆる形象が画面に現れてくる。横尾は難聴に悩まされ、精神状態が朦朧となり足腰は弱まり、腱鞘炎で筆を持つ手もままならない。まさに「不自由」といえる肉体的状況のもとで、「朦朧体」というスタイルを生み出松嶋雅人(東京国立博物館)「横尾忠則 寒山百得」展横尾忠則《2022-07-03》 2022年2020
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