KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2023年9月号
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億円もかけて作ってこんなことを言われてるようじゃ、プロとは言えないなと思うと、惨めでつらかった。家でくすぶる日々が続き、ビデオで昔の映画ばかり、それも戦争モノばかり観て気を紛らわせた。ボクが描いた小悪党よりもっと悪い奴ら、戦争を指導した軍人らの狂気や破滅を見たくなったからだった。大先輩の岡本喜八作品の『日本のいちばん長い日』(67年)を見直したのもこの頃だ。高校時代に学校をさぼって観て以来、すっかり忘れていた大作だ。ポツダム宣言受諾をめぐり、あと何十万人死のうと本土決戦までやろうとする軍人らと政府の対立を捉え、戦争を終わらせるまでの緊迫の一日を追った映像は岡本節炸裂だ。ボクは撮影前にアメリカのベトナム帰還兵モノばかり観ていたのが間違いだったと思った。戦中世代が撮った邦画をもっと観ておけば、命からがら戦地から戻った日本兵らの心の喪失感を出せたのかもと後悔した。軍隊経験のあるその大先輩はボクの作品を見て、随分、能天気な人物たちだなと呆れたに違いない。塞ぎこんでいても心が腐るだけだ。街に出て、気分を変えてくれる映画を探そう。そう思って観たのが、『レイジング・ブル』(81年)でボクに映画作りを止めずに前に進めと背中を押してくれたマーティン・スコセッシ監督の新作、『アフター・アワーズ』(86年)だ。ニューヨークを舞台に不眠症のプログラマーが一晩中、けったいな奴らに次々に出合って振り回される。正体不明のニューヨーカーたちの生態が面白かった。主人公が夜中のカフェでヘンリー・ミラーの「北回帰線」なんかを読んでることからして可笑しくて、またうまい具合に美女と出逢うので目が離せなくなった。彫刻家、遊び人、泥棒、街の自警団たち。映画表現こそ自由への冒険だ。興行成績が第一?大勢が好む話?そんなこと知ったことか。めげるな!自由な心で映画に向かっていくんだ。スコセッシ監督にまた背中を叩かれた気がした。秋になると、観客の心を鷲掴みにした『フレンチ・コネクション』(72年)や、『エクソシスト』(74年)など、ニューシネマの鬼才ウィリアム・フリードキン監督の新作が登場したので、映画館に走った。『L,A,大捜査線/狼たちの街』(86年)は題名通り、連邦捜査官たちがロスの紙幣偽造団を追いつめる話だが、さすが鬼才。ただのポリスアクションとは違っていた。まだ悪党のボスをやっつけていないのに、主人公が先にやられてしまうので、ボクは思わず声を上げていた。彼も人の生き死ににルールなんてないと教えてくれたのだ。(先日、フリードキン監督が87歳で亡くなった。ご冥福を祈ります。)今月の映画『日本のいちばん長い日』(1967年)『アフター・アワーズ』(1986年)『L.A.大捜査線/狼たちの街』(1986年)49

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