KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2023年9月号
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ルを飲んだ。私の隣に庄野潤三氏が腰掛けた。彼は、私に名刺をそっとよこして、手紙を下さいと云った。そして、あなたの名刺をくれませんか、と云った。私は持ってませんとこたえた。しかし、名刺をつくる必要性があるということに気づいて、それは甚だよろこばしい発見であった。(だから翌日、私は、久坂葉子の名刺印刷をたのみに出かけたのだ)』当時、庄野潤三氏は友人の島尾敏雄氏に誘われて、VIKNGの同人になっていた。芥川賞を受賞する六年前のことで、氏の隠れたエピソードのひとつだろう。展示会が終わったあと、しばらくして、久坂葉子の遺品を川崎家に返しにいくので、いっしょに来ませんかと柏木氏から誘いがあった。私は喜んで同行し、柏木氏と研究会の会員Y氏とともに住吉山手の川崎家を訪問した。出迎えてくれたのは、久坂葉子の実兄・芳久氏で、日曜日で自宅にもかかわらず、ネクタイにスーツ姿だった。芳久氏は小さなよく動く目をした禿頭の人で、やせていて頬に深いほうれい線があり、久坂葉子を彷彿させるところはなかったが、気さくに思い出を語ってくれた。「あのころは家の中で句会をやったり、南画を描いたり、まあ変わった家庭でしたな。親父はエリート中のエリートで、自分より偉いもんはおらんという顔で威張ってた。久坂はピアノの初見も利くし、才能もあるから音楽の道に進んだらどうやと言うたら、ピアノの八十八鍵では物足りんと言うてました。わしとは気が合うて、仲はよかったです。家族で京都へ行ったりしても、わしら二人が先々まわったりしてね。二人でおると、すっと後ろから手を差し込んできて、腕を組んで歩いたりしました。そのときの柔らかい感触は、今でも思い出しまっせ」芳久氏は笑顔を絶やさなかったが、それは時の効用のなせる技だろう。繊細で父親との葛藤を抱えていた芳久氏を心配し、慰めていたのは久坂葉子だったのだから。PROFILE久坂部 羊 (くさかべ よう)1955年大阪府生まれ。小説家・医師。大阪大学医学部卒業。外科医・麻酔科医として勤務したあと、在外公館の医務官として海外赴任。同人誌「VIKING」での活動を経て、2003年「廃用身」で作家デビュー。2014年小説「悪医」で第三回日本医療小説大賞受賞。近著に「寿命が尽きる2年前」「砂の宮殿」がある。*柏木薫氏は本年三月九日、九十三歳で逝去されました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。47

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