KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2023年9月号
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「久坂葉子研究会」の代表は柏木薫氏といい、三宮で「MAKO」というバーを経営しながら、自らも同人雑誌で小説を書いている人だった。自宅に届いた「久坂葉子研究」には、「秋に『久坂葉子展』を目論んでいますから、ご期待ください」と書かれた短信が添えられていたので、私は厚かましくも柏木氏に頼み込み、その展示会の手伝いをさせてもらうことにした。三宮の勤労会館に行くと、準備室に久坂葉子の実家である川崎家から運び込まれた遺品が並べられていた。愛用の万年筆、インク壺、手製のターバン、絵付けした皿、タータンチェックのベストなどで、私は手伝いもそこそこに、展示品に直接触れる機会を得て、半ば放心状態になった。特にベストは久坂葉子が着用している写真を見ていただけに、手に取ると小柄な彼女の身体が実感されて、私の鼓動は静かに速まった。そのとき、私も久坂葉子研究会に入会したい旨を伝えたが、柏木氏は「会は風化状態なので」と、受け入れてもらえなかった。実際、定期的な活動は休止状態で、展示会の準備もほとんどが柏木氏と数人の会員だけで行っているようだった。「久坂葉子の世界**展」と題された展示会は、一九八三年十月十五日から十一月六日まで、今はなきジュンク堂サンパル店の小展示場で開かれた。私は初日から何度か通い、受付の席にも座った。展示会には久坂葉子のアルバムから写したパネルも多く掲げられ、自由奔放な少女時代、死に惹かれはじめた女学生時代、小説を書き、芥川賞候補になって、若き女流作家として世に出た姿など、生前の姿がリアルに感じられた。展示会で特に印象に残ったのは、久坂葉子の名刺だった。この名刺は彼女がVIKINGの例会に出たあと作ったもので、エッセイ「久坂葉子の誕生と死亡」にはこう書かれている。『二次会に、駅の近所でビー久坂葉子はとまらない早逝の女流作家研究会と「久坂葉子の世界**展」vol.246

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