KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2023年8月号
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作家・久坂葉子のことをご存じの方は、今、どれくらいいらっしゃるだろう。『月刊KOBECCO』の読者諸氏なら、あるいはよくご存じかもしれない。川崎重工の創始者の曽孫で、男爵家の令嬢。詩や絵や音楽の才能にも恵まれ、十九歳で芥川賞の候補になって、二十一歳の大晦日に阪急六甲駅で飛び込み自殺をした美貌の女性。別名〝女太宰治〟。私は若いころ、久坂葉子の追っかけで、彼女の作品を読みあさり、彼女の師匠でもあった作家の富士正晴氏を訪ね、富士氏が主宰し、久坂葉子も所属していた同人雑誌のVIKINGの同人にしてもらい、彼女の終焉の地、阪急六甲駅の近くに三年住んだ。久坂葉子との出会いは、私がまだ医学生だったころ、たまたま入った紅茶専門店「ムジカ」で、彼女が描いたスケッチを見たことにはじまる。私が通っていた大学は、一九七七年当時、大阪中之島にあり、「ムジカ」も近くの北区堂島にあって、級友たちとよく紅茶を飲みに行った。店の壁には世界中の紅茶のラベルが隙間なく貼ってあり、何気なく見ていると、中に黄ばんだ紙に描かれた落書きのようなスケッチが二枚あった。花や鳥、魚などの絵だが、いずれも迷いのない闊達な線で、一気に描いたものだった。もともと絵が好きだった私は、店の人に「だれの絵ですか」と聞いてみた。「久坂葉子という女流作家で、戦後、二十一歳で飛び込み自殺をした人です」と教えてくれたが、そのときはさして興味も湧かず、「そうですか」で終わった。ところが六年後、朝日新聞の夕刊に、片手で片目を押さえた女性の絵の写真が小さく出た。その線を見た瞬間、「ムジカ」で見たスケッチの線と同じだと思った。果たして記事は久坂葉子についての内容で、「芥川賞候補作家の自画像」と題され、彼女が十九歳で芥川賞候補になったことや、VIKINGという同人雑誌に所属していたことなどが書久坂葉子はとまらない早逝の女流作家偶然の出会いvol.146

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