KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2023年7月号
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今村 欣史書 ・ 六車明峰連載エッセイ/喫茶店の書斎から   亀井一成さんのこと20年ほども昔に購入した本を今頃になって読んでいる。小説『天の瞳』(灰谷健次郎著・角川文庫)。著者の灰谷健次郎さんについては、わたしが尊敬する神戸の詩人・評伝作家の足立巻一氏との関連でちょっとした思い出がある。が、そのエピソードはまたの機会に譲ろう。この本も入院中(前の前立腺がんとは別の疾病)に読んでいたのだが、「ほほう!」と思う場面があった。「亀山一夫」という人が登場する。《亀山さんはチンパンジーの人工飼育を成功させた人として日本的に有名なひと》。これは間違いなく、王子動物園の飼育技師だった亀井一成さんがモデルだ。生前には、テレビやラジオなどで活躍しながら、本誌『KOBECCO』にも「動物園飼育日記」「亀井一成のズーム・イン・ZOO」などの連載記事を長く書いておられた。亀井さんには何度かお会いし、うちの店にもご来店下さったことがある。サイン本が何冊か「喫茶・輪」の書棚にあり、王子動物園のイラスト入りタオルハンカチにもサインをして下さっている。氏のサインはチンパンジーのイラストが添えられることが多いのだが、これにはない。その理由をこうおっしゃった。「猿(チンパンジー)の絵は〝去る〟に通じるのでお店さんには描きません」と。亀井さんの心配りなのだ。『天の瞳』だが、亀井さんのことが感動的な文章で詳しく紹介されている。こんな場面がある。《その日「なんでも学校」で亀山さんはいった。「ぼくは動物が専門や。が、それだけではおもしろくないので、きょうは海の話、魚の話をします」(略)「亀山さんが、海も好きやったというのは、はじめてきいたなァ。動物のこと以外は、なんにも関心がない人が亀山さんやと、誰でも思うもんナ」》え?そうなのか。わたしも動物オンリーの人だと思っていた。小説とはいえ本当なのだろう。お亡くなりになってから久しいのに今ごろになって知るとは! 亀井さんに初めてお会いしたのは昭和58年のこと。その時に作った詩がある。神戸新聞の詩の欄に投稿したもの。まだ初心者だったので恥ずかしいのだが。92

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