KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2023年6月号
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用意しておいた本物なんやぞ。演技も一緒や。何でも本物でいかなあかんねん、お前の今日の殺陣、あの斬られ方はまあまあリアルやったけど、表情に痛みをもっと出さんとあかんぞ。ゴッドファーザーの長男ソニーが」と言い出すと、一人が「はい、ジェームス・カーンでしょ。料金所に乗ってきた車を停めた時にバリバリ撃たれるとこでしょ」。で、ボクが「そうや、あのソニーな、アメ車やから運転席は左側やろ、そやのに、右斜めから機関銃で一斉射撃された時、奴は思いっ切り苦しい表情で悶えながら、既にもう何十発も撃ち込まれてる最中なのに、なんと、左席から尻ごと身体を悶えさせて右の席に移しながら、なぜか右のドアを開いて、もんどり打って外に出て、地ベタに仰向けに寝っ転がるまでやってみせたんや。あの右方向からの機関銃でリアルに演じるなら、車の中でハチの巣になって終わったはずや。そこが違うんや、あのジェームズ・カーンの演技と監督コッポラの力業や。見習わんとな…」と。すると、大部屋俳優の一人が早速に食堂の椅子を運転席に見立てて並べ、左席から苦しみもがきながら右の床に倒れ出る演技を始めたのだ。皆から「全然、リアルやないわ」とからかわれて笑い合ったのを思い出す。また、撮休日には皆でホテルのプールに遊びに行ったり、帰りに映画館にも行った。観たのはSFホラーの『スペースバンパイア』(85年)だ。地球に侵略してきた宇宙生命体が全裸の美女に豹変して、次々に人間にキスを迫って精気を吸い取り、増殖してロンドンの街を恐怖に陥れる話だった。何気なく観たわりには飽きなかった。監督がB級ホラーの鬼才、『悪魔のいけにえ』(75年)のトビー・フーパーだったからだ。エイリアンがエロスを武器に襲ってくるとは予想してなかったので余計に愉しかった。見終わって、皆で呑みに行った。この原題は「LIFEFORCE」だ。ボクが「ライフフォース、生命力ってことか。宇宙吸血鬼はダサいよな」と切り出すと、ちょっとトボけた大部屋の先輩が「オレ、この間、百万遍にあるいい感じの店に女の子に連れてってもらって。なかなかシブいカントリーの歌手が生演奏で唄ってくれて、店のママもあの宇宙人の女に負けんくらいのグラマーで歌も上手で。監督、今度、あのライフフォース、行きましょ」と。そこに横から若い一人が「先輩が行ったのは、ライブハウスやろ」と。この時は全員でひっくり返って笑ったもんだ。その先輩や若い役者のその後は知らない。愉しい大部屋俳優たちと過ごした、いい時代だった。今月の映画『ゴッドファーザー』(1972年)『悪魔のいけにえ』(1975年)『スペースバンパイア』(1985年)49

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