KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2023年6月号
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と、お寺の厠のひさしの下へ飛び込むと、そこには紙くず拾いの中次(寛一郎)と下肥買いの矢亮(池松壮亮)がいた。身分の違う三人の若者の交流が始まる…。「これまでやったことのない撮影手法を試みたんですよ」と阪本監督はニヤリと笑った。苦笑気味だったのは、30作目にして初めてづくしだったから。「こんな撮影の進め方は異例でした」と打ち明けた。映画は序章から始まり、第七章を経て終章へと続く構成。計約90分の長編だ。新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。第31回は映画監督、阪本順治さん。文・戸津井 康之今の時代だからあえてモノクロで挑む…30本目で試みた未踏の領域THESTORYBEGINS-vol.31映画監督阪本順治さん⊘ 物語が始まる ⊘語った映画は34年のキャリアの中でも自身初となるモノクロ・スタンダードサイズ。最新デジタルのフルカラーやワイド画面ではなく、あえて“映画の原点”ともいえる形式に挑んだ。タイトルは「せかいのおきく」。これも30作目にして、自身初となるオリジナル脚本による時代劇である。舞台は江戸時代末期。武家育ちの22歳の娘おきく(黒木華)は、父(佐藤浩市)と二人、貧乏長屋で暮らしていた。ある日、突然降り出した大雨を避け、おきくが雨宿りをしよう異色のオリジナル時代劇「どついたるねん」、「顔」、「亡国のイージス」…。骨太のヒューマンドラマからサスペンス、スペクタクル大作まで、ジャンルを問わず、さまざまなテーマの映画を手掛けてきた邦画界の重鎮監督が、通算30作目となる節目の新作を撮った。「これまで、いつかは撮りたいと考えていたが、なかなかその機会がなくて…。ようやく、そのチャンスがやって来ました。それが今でした」感慨深げにこうしみじみと22

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