同記念館では7年前の2016年、るみ子さんがプロデュースした企画展「手塚治虫のヒロインたち~可憐な少女から妖艶な美女まで~」が開催されている。『鉄腕アトム』や『ブラック・ジャック』などヒーローものを得意とする印象が強い手塚作品だが、ヒロインが活躍する『リボンの騎士』を始め、手塚作品に描かれてきた数々の女性キャラクターにスポットを当てた異色の特別展だった。このとき取材した際。プロデューサーのるみ子さんの企画の意図とその解説がとても興味深かった。 るみ子さんはこの展示を企画する中で、手塚ヒロインを5段階に分けて分析していた。まずは、〝手塚ヒロインの初期〟。「『鉄腕アトム』のウランちゃんなどがそれにあたり、父は家族や兄妹、身近な友人知人の延長上でヒロインを描いていたようです」と分析する。次いで〝手塚ヒロイン発展期〟。「父は女性のキャラクターを描くときは、身近な存在をモデルにしていたようで、父の妹も手塚作品に出てくる女性キャラクターを描く際のモデルになっていたのではないかと思います」手塚ヒロインの背景現在の大阪府豊中市で生まれた手塚は5歳の頃に宝塚市へ引っ越し、学生時代に漫画家としてデビュー。少年時代、宝塚歌劇などに大きな影響を受けて育った。東京で事務所を構え数々の漫画連載やアニメ製作を手掛ける。るみ子さんは東京で生まれたが、「幼稚園や小学生の頃、夏休みになると母方の祖母が暮らす豊中へ帰省し、阪急電車で宝塚へよく出かけていました。阪急沿線ののどかな環境は昔から大好きなんです」と語る。そして、同記念館が創設されてからは、企画展のプロデューサーとして頻繁に通い続けている。騎士』の物語を描いています。サファイアも3代いたんです。私がよく知るのは3代目。そこから遡って、それぞれの代の違いを見比べてみることができるのも、この展示会の楽しみですね。原画を間近で見ることができる機会は、なかなかないことですから」初代は1953年に連載が始まった「少女クラブ」版、2代目が1958年に続編として描かれた『双子の騎士』(『リボンの騎士』より改題)、そして3代目はあらためて1963年に連載を開始した「なかよし」版だ。それぞれストーリーも違い、「初代、2代目へと遡って、その描かれた時代の背景などを探ってみるのも面白いと思います」お姫様が〝男装の麗人〟となって悪と戦う…というストーリーは斬新で、長編少女漫画の先駆け的な漫画だった。宝塚で育った手塚は幼い頃から宝塚歌劇団が好きで、その影響を受けて生み出されたのが、『リボンの騎士』といわれている。22
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