今村 欣史書 ・ 六車明峰連載エッセイ/喫茶店の書斎から 読書の速度推理小説を読むことはほぼないのだが…、と書くと、少し後ろめたい気持ちになる。というのもわたしの読書の目覚めは、小学生時代の江戸川乱歩に始まったのだから。そして、大人になって読んだ松本清張がこれまたあまりにもおもしろく、「こんなのにはまってしまうとほかの本が読めなくなる」と考え一旦封印したのだった。それが今も続いていて、推理小説には手を出さないでいる。ところがこのほど『梟の拳』(香納諒一著)というハードボイルドを読んだ。出久根達郎さんの『朝茶と一冊』というエッセイ集に紹介されていて、その文章に参ってしまったからだ。『朝茶と一冊』は出久根さんが読んだ本に関わるおもしろエッセイ。『梟の拳』は、自分の子ども時代のエピソードを交えながら、物語の急所をかいつまんで紹介したあと、こうある。 《私は五百三十二ページのこの小説を、医院の 待合室で一気に読了した。二時間ちょっとで 読み終った勘定である。 面白い小説は、読むのが早い。坂道を走り下 りるように、次第に加速され、あっというま に、読みきってしまう。》500ページに余る小説を2時間余で読み切るなんてわたしには到底考えられない。特にわたしは遅読なので絶望的だ。しかし、これは読まないわけにはいかない。早速購入した。実はわたし、本誌2月号にちらっと書いたが、がんの治療に入ることになり、治療法を検討した結果、放射線治療を選んだ。それに備えての小手術を受けることになり、三泊四日の入院が予定され、その入院中に読むことにしたのである。話はちょっと横道に入って、体験談を少し。この手術のために脊椎麻酔を受けることになった。これまでにも何度も麻酔は体験してきたがこれは初めて。手術前日に麻酔医がベッドに来て、受ける要領を指導して下さった。手術台の上で横になり、エビのように背を丸める。これは脊椎の間に針が入りやすいようにとのこと。「ちょっとしんどいけど頑張ってくださいね」と。若い女医さんだった。で、手術頑張りました。麻酔は凄かった。自分の足が丸太ん棒になってしまった。その前に麻酔医が「ここ冷たいですか?ここはどうですか?さっきとは違いますか?」などと何度も麻酔の効き具合を確かめて下さる。やがて下半身が全く感じなくなると、「これから眠くなる薬を92
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