KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2023年2月号
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すでに小倉で高禄をはみ、けっこうな暮らしをしている小次郎が、試合を申し込んでくるのは、有名な自分に勝って、世間の人気を得ようとしているからだと、武蔵は見抜く。ト書きにはこう書かれる。『おそらく小次郎の気持ちは、満ち足りた人間が勲章をほしがる気持ちと似かよったものであったのだろう』武蔵は『「剣豪」というカンバンをおろすわけにもいか水木マンガの魅力は、セリフやストーリーの妙だけではない。ト書きにも味わいの深いものが多い。『新講談・宮本武蔵』と題されたシリーズのうち、「闘牛」と題された「宮本武蔵・巌流島の一席」には、文筆のプロも舌を巻く絶妙のト書き=描写に満ちている。話は武蔵に小次郎からの果たし状が届くところからはじまる。ず』、小次郎の申し出を受け入れ、堺の港から出発する。多くの弟子たちが見送りに来て、「先生、おすこやかに」などと言うが、彼らを『なにか勘違いをしている人々』と評したあとで、ト書きはこう続く。『それは肩書きのたくさんついている名刺をみてびっくりする善良な市民の気持ちに似ていた……』武蔵は弟子たちに「うむ」と応えながらも、内心で彼ら知られざる  水木しげる水木しげる生誕100周年記念『新講談・宮本武蔵』に見る絶妙の描写PROFILE久坂部 羊 (くさかべ よう)1955年大阪府生まれ。小説家・医師。大阪大学医学部卒業。大阪大学医学部付属病院にて外科および麻酔科を研修。その後、大阪府立成人病センターで麻酔科、神戸掖済会病院で一般外科、在外公館で医務官として勤務。同人誌「VIKING」での活動を経て、『廃用身』(2003年)で作家デビュー。vol.536

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