KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2023年2月号
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について、林さんは「当時の日本の多くの若者にとって横尾さんは憧れの存在でした。横尾さんを目指していたんです。作家、村上龍さんは私と同い年ですが、彼も横尾さんに憧れ、武蔵野美大へ進学したんですよ。彼は作家へ、私は和太鼓奏者の道へ進むのですが」と教えてくれた。 ドラムで音楽経験のあった林さんを中心に1971年、「佐渡・鬼太鼓座」が創設された。当時19歳。林さんは美術から音楽の道へと転身したのだった。英哲風雲の会とで披露する組曲「レオナール〜」は、画家、藤田嗣治の人生をテーマに作曲した。「第一次、第二次世界大戦と2回も戦争を経験し、日本を追われるようにして渡仏し、レオナール・フジタとなった藤田さんは当時の西洋の画壇で認められる存在にまで登り詰めた。しかし、彼がどれだけ日本人画家として世界からバッシングされ、つらく孤独な人生を歩んだか…。そんな孤て辿り着いた最新版に自信を見せる。音楽と美術広島県生まれ。中学生の頃、ビートルズに憧れ、バンドを組み、ドラムを叩き始めた。高校生になると、グラフィック・デザイナーの横尾忠則さんに憧れ、美術家を志し、単身、上京した。「美術大学を目指していた浪人時代。永六輔さんの深夜のラジオ番組で、佐渡のイベントに横尾さんがゲストとして来ると聞いて、すぐに応募しました」そのイベントとは、将来、佐渡に職人の大学を創設するために若者を募った活動の場で、これが後の和太鼓集団「佐渡・鬼太鼓座」へとつながる。「一週間ほど佐渡で合宿していたのですが、結局、横尾さんは来ませんでした。でも、それが和太鼓奏者となるきっかけになるのですからね」と林さんは苦笑しながら振り返った。本誌でも連載中の横尾さん新垣さんとはいったいどんな演奏になるかが私自身、今から楽しみなんです。新垣さんはひょうきんな性格で、おそらくみんなを驚かせるようなピアノ演奏を仕掛けてくるでしょう。こちらも新たな和太鼓の奏法などを披露するつもり。一回だけ、その場限りのジャズのような予想できないセッションになるでしょうね…」まるで、アスリートが試合に挑むような口ぶりで語る。実際、セッションは共演であるが、一方で〝競演〟でもある。「競い合うように互いの演奏で音をぶつけあう覚悟」で臨む。第二部では自ら作曲した組曲「レオナール われに羽賜べ」を演奏。大太鼓のソロ演奏や息子の年代の英哲風雲の会のメンバーとの合奏など、太鼓を一時間近く叩き続ける舞台を披露する。「2004年に初演で発表した組曲ですが、その後、何度も作り直してきましたから、これまで誰も聞いたことのない最新のバージョンでの演奏になります」と約20年を費やし22

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