KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2023年2月号
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判。岡田はこの法廷闘争を「法戦」と呼び、米国と真正面から戦った稀有な日本軍人だった。大岡は約10年を費やし、当時の裁判記録などを丹念に調べ、この書を書き上げた。映画公開前、岡田中将を演じた俳優、藤田まことさん(2010年、76歳で死去)を取材した。「絞首刑で十三階段を上る場面で、岡田中将は私に乗り移り一体化した…。長らく役者を続けていると、そんな不思議な瞬間と出会えることがあるんですよ」。熱く語る藤田さんにとってこの主演映画が遺作となった。彼は自分の死を覚悟し、この映画撮影に臨んでいたのだと取材中に強く感じた。大岡が魂を込め、命を削って書き遺した戦争文学はいつの世も名優や名監督の心を震わせる。そうして撮られた映像は、時を超え、見る者の心をいつまでも揺さぶり続けている。=終わり。次回は淀川長治(戸津井康之)彼の最高傑作とも呼ばれる「野火」の〝呪縛〟は、その後も邦画史の中で消えることはなかった。2015年、塚本晋也監督が再び、「野火」の映画化に挑んでいる(塚本監督は「リメークではない」と語っている)。構想20年。製作費が思うように集まらず、監督が自ら主演を務め、自主製作で完成にこぎつけた渾身作は、ベネチア国際映画祭のコンペ部門に出品されるなど国内外の映画祭で高く評価された。ジャングルの戦場という苛烈な極限状況に投げ出され、生死のはざまでもがき苦しむ人間が究極で試される死生観。「野火」には何十年経っても変わらぬ人間の根源的な生きることへの渇望、死への恐怖…が描かれている。大岡は複数の雑誌媒体で何度も「野火」の連載を繰り返し、発表する度に、原稿を書き直した。それだけ彼が命を削り、魂を込め、こだわり抜いた作品だった。監督、俳優の魂を鼓舞「野火」は2度、映画化されているが、大岡が戦争をテーマに書き記し、後に映画化された傑作が他にもある。2007年に公開された「明日への遺言」は大岡の長編「ながい旅」を、邦画界の重鎮、小泉堯史監督が映画化した渾身作だ。主人公は岡田資(おかだ・たすく)中将。戦後、B級戦犯者としてGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)に捕らえられた岡田中将は軍事裁判で死刑判決を受け、東京の巣鴨プリズン(巣鴨拘置所)で絞首刑に処せられる。彼は多くの部下の命を守るために、「私一人だけを死刑にせよ」と裁判長に訴えた。一方で「一般市民を無慈悲に殺傷しようとした無差別爆撃は国際法違反である」と米国を批119

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