うとするが、一向に成功しない。ついには家が爆発し、見かねた息子が「これ以上、両親をまどわさないでください」と頼みにいくと、丹角先生ことねずみ男はこう言うのである。「お前たちが幸福になったのは、錬金術をはじめたからじゃないか」だけどいつまでたっても金は出ないと息子が苦情を言うと、ねずみ男はこう返す。水木しげると言えば妖怪ばかりが注目されるが、私はそれが歯がゆくてならない。水木マンガの真骨頂は、ねずみ男がメインキャラクターを務める数々の短編にあると思っているからだ。たとえば「錬金術」という作品では、ねずみ男は「丹角先生」と称して、ある一家に錬金術を指南する。一家はその怪しげな指導に従い、必死に金を作り出そ「錬金術は金を得ることではなく、そのことによって金では得られない希望を得ることにあるんだ」そして、次のコマでは目だけの度アップで、「人生はそれでいいんだ」と断言する。その迫力、その真実。水木サンは、人は幸福を求めて努力しているうちが幸福なんだと、冷徹に見抜いているのである。「心配屋」という作品で知られざる 水木しげる水木しげる生誕100周年記念短編が描き出す人生の真実PROFILE久坂部 羊 (くさかべ よう)1955年大阪府生まれ。小説家・医師。大阪大学医学部卒業。大阪大学医学部付属病院にて外科および麻酔科を研修。その後、大阪府立成人病センターで麻酔科、神戸掖済会病院で一般外科、在外公館で医務官として勤務。同人誌「VIKING」での活動を経て、『廃用身』(2003年)で作家デビュー。vol.338
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