KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2022年11月号
85/136

本作のベースとなるアイデアはどこから生まれたのですか?2012年『こっぴどい猫』を公開した後ぐらいに、妻が浮気をしたことを知ったときに怒りや悲しみが起きないことにショックを受ける男というモチーフが思い浮かびました。映画にするなら40代ぐらいの夫婦を想定しましたが、当時自分がまだ30代だったのでわからない感情がたくさんあり、そのままになっていたのです。今回、稲垣吾郎さんと一緒に映画を作りませんかというお話をいただいたとき、あのときの話が作れるかもと脚本を書いていきました。フリーライター、市川茂巳を演じる稲垣吾郎さんとは初のタッグとなりますが、作品の世界観に驚くほど馴染んでいました。稲垣さんは、雑誌ananの連載「稲垣吾郎シネマナビ!」で僕の作品を紹介し「きっと今泉監督の現場は穏やかで、監督自身が優しい人だと思う」と書いてくれた。僕もそのコラムや稲垣さんの今までの芸能活動、近年の俳優活動から稲垣さんの人柄を勝手に想像していました。衣装合わせで初めてお会いしたとき、市川の感情は理解できるし、自分も知っている感情だと聞き、嬉しかったですね。また取材でも、「茂巳というキャラクターは本当の素の自分に近い。自分が言いそうなセリフがたくさんあって、今泉さんはどこまで自分のことを知っているのか怖いぐらい」と話してくれました。淡々として静かな、本当の日常劇を好いてくださり、僕の作品のトーンを最初からわかってくれていましたね。市川は妻・紗衣(中村ゆり)には本音を明かすことができない一方、高校生作家・久保留亜と彼女の作品を通して心を通わせていきます。玉城ティナさん演じる留亜が書いた受賞作「ラ・フランス」は、手放すことへの記述がありますが、辞めるとか投げ出すことはよくないと、ネガティブに捉えられがちです。でもやり続けることと同じぐらいエネルギーが必要で、それらをいけないことだと思いたくないという気持ちが僕の中であり、作中でも辞めることにまつわるエピソードを取り入れています。また留亜のように若い作家が受賞したとき、センセーショナルにメディアで取り上げられることはあっても、本の内容をしっかり読んでいる人はどれだけいるのか。そのような悩みも描くために作り上げた稲垣さんのことを捉えた脚本手放すことをネガティブに捉えたくない85

元のページ  ../index.html#85

このブックを見る