大きな疑問を抱いていた。ヒットラーに関する本が、軒並み彼を許しがたい極悪非道の狂人としてしか描いていなかったからだ。ヒットラーが他国を侵略し、第二次世界大戦を引き起こして、多数のユダヤ人等を迫害・虐殺した事実はもちろん知っている。しかし、もともと合法的な手続きで政権の座に就き、一時期、ドイツ国民をあれほど熱狂させた小学4年生から水木マンガを読みはじめ、その後50年以上も読み続ける大きなきっかけとなったのが、『劇画ヒットラー』だった。読んだのは高校2年生の夏休み。もともとナチスやヒットラー(ヒトラーという表記が一般的だが、ゴッホがゴホでなく、バッハがバハでないように、ドイツ人の発音に即せば、ヒトラーはヒットラーが適当)に興味があった私は、以前からのであれば、ヒットラーにも何らかの肯定されるべき要素があっただろうし、人間的な側面もあったはずだ。ところが、それに触れた本はほぼ皆無で、あるのは非難、嫌悪、否定の一辺倒。これはこれで偏見だろうし、ヒットラーに関して肯定的な描写は許さないという暗黙の強制があるのなら、それは表現の自由を束縛するものではないか。知られざる 水木しげる水木しげる生誕100周年記念ボクが感動した『劇画ヒットラー』PROFILE久坂部 羊 (くさかべ よう)1955年大阪府生まれ。小説家・医師。大阪大学医学部卒業。大阪大学医学部付属病院にて外科および麻酔科を研修。その後、大阪府立成人病センターで麻酔科、神戸掖済会病院で一般外科、在外公館で医務官として勤務。同人誌「VIKING」での活動を経て、『廃用身』(2003年)で作家デビュー。vol.248
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