KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2022年10月号
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小学校へ現れた文豪引っ越し好きを自認する文豪、谷崎潤一郎は神戸を愛し、79年間の生涯で約40回も引っ越しを繰り返したが、最長となる約7年間を岡本に建てた「倚松庵」で過ごした。神戸の街並みを描き続けてきた画家、森茂子さん(3年前に死去)を生前に取材した際、谷崎にまつわるこんな興味深い〝秘話〟を教えてくれた。森さんが小学生の頃、仲良くしていた同級生が谷崎の娘だったという。「細雪」のモデルとなった松子の娘で、後に谷崎の養女となった恵美子さんである。谷崎は自室で原稿を書いている姿を誰にも見せず、家族でさえ、執筆中、部屋へ入ることはなかったという。だが、そんな神秘的な作家の姿は、小学生の女の子たちにとっては興味津々だったのだろう。ある日、森さんは恵美子さんと一緒に、谷崎の執筆している姿を見ようと、中庭の中を隠れながら谷崎の部屋へ近づき、覗き見たという。さらに、こんな逸話も教えてくれた。お転婆だった恵美子さんが、小学校の先生に叱られ、「父親に来るように伝えなさい」と言われたとき。谷崎は先生に会うために、和服姿で小学校に現れた。驚いたのはこの先生だった。谷崎の顔を見たとたん、そわそわと慌てだし、そばにいた森さんに向かって、「君は知っていたのか? どうして谷崎潤一郎が彼女の父親だということを、教えてくれなかったのだ!」と急に怒りだしたという。「何で私が先生に怒られなければいけないんでしょうかねえ」と、森さんはこのときの光景を思い出しながら笑っていた。〝大谷崎〟の真意とは?可愛い娘のために小学校の先生に叱られるという庶民的谷崎潤一郎文豪が愛した神戸と阪神間モダニズム神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~㉚後編130

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