草野 あのころは包丁もなかったんだもの。 (草野心平著『凸凹の道』より)ちょっと高橋由一の「鮭」の絵を想起するが、今では考えられないおもしろい話ではないか。因みに伊藤信吉さんからはわたし2001年にハガキを頂いている。しっかりした文字で書かれているが、その翌年の2002年にお亡くなりになったのだった。もう一冊読んでいる本があった。草野心平詩集『蛙のうた』(岩崎書店)である。心平の代名詞のような蛙のオノマトペがたくさん出て来るのだが、読んでいて驚いたのはこの詩。 「サリム自伝」平和のための戦争である。戦争をするのは平和のためである。人民あるいは人類のためにその平和のために人民を殺さなければならない。人を殺すのはすべて平和のためであり人を殺すためではない。(略)大きなコウモリに化けてソンミの空をとんでいる。いまでも。だれもおれに気がつかないようだが。大きな黒いコウモリになって。これはベトナム戦争時の「ソンミ村虐殺事件」を描いたもの。50年以上も昔の事件だが、今のロシアのウクライナ侵攻に重なっていて寒気を覚えるほどだ。ところで、先の高校生の詩だが、最後はこう結ばれている。なんだか暗示的ではないか。泣いたっていいんだ、おまえのことを見捨てない仲間が、深い井戸から助けてくれるはずだから。今夜も地蔵さんの境内から雨蛙の声が聞こえてくる。(実寸タテ15㎝ × ヨコ10.6㎝)■今村欣史(いまむら・きんじ)一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。西宮芸術文化協会会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)ほか。■六車明峰(むぐるま・めいほう)一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会計。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。99
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