今村 欣史書 ・ 六車明峰連載エッセイ/喫茶店の書斎から ﹁鬼か神か」逸見東洋「喫茶・輪」は一昨年末に看板を下ろしたのだが、店内の書斎は今のところそのままだ。そしてブログもそのまま「喫茶・輪」で続けている。そのブログにこのほど興味深いコメントが入った。その要約。《岡山県倉敷市にあります、「きび美ミュージアム」の畑野と申します。ご投稿の『逸見東洋の世界』(岡山文庫)の著者、臼井洋輔が当方の館長でございます。来る6月12日に市内玉島地区の羽黒神社で、逸見東洋が最後に境内でうった神社所蔵の奉納刀のご披露を含め、臼井館長の講演会を開催します。「故逸見憲一様が東洋のひ孫」とのブログを拝見し、逸見様のご遺族をご招待申し上げ、「東洋」最後の刀をご覧いただきたく、「輪」様を通してご連絡できる方法がないかと思いご連絡させていただきました。》もちろん、連絡をとることにやぶさかではありません。さぞ喜ばれることでしょう。わたしのブログ、これまでにもいろんな方面から問い合わせがあり、けっこう世のお役に立っているのです。畑野さんが見つけたそのブログの要約。2021年1月14日のものである。《昨日、逸見さんの奥様からハガキ。憲一さんが昨年秋、お亡くなりになったと。 コロナ禍の中、また大切な人が静かに逝かれていた。 逸見さんは拙詩集『コーカップの耳』の紹介記事を新聞で見て、本屋で購入し、来店くださった人。20年来のお客様である。 『逸見東洋の世界』(臼井洋輔著)を戴いたのだが、逸見東洋は憲一さんの曽祖父。明治正宗と称された刀匠だったが、廃刀令が出た後は美術彫刻の世界に進み「鬼か神か」とまで呼ばれる彫刻家になる。テレビ番組「美の巨人」でも特集されたことがあるが、その作品は大英博物館に収蔵されているほどのもの。》凄い人なのである。早速わたしは畑野さんに逸見夫人の連絡先をお教えした。すると、館長の臼井洋輔氏より、ご丁重な手紙が届いた。その要約。《「輪」様のブログを拝見し、故逸見憲一様が逸見東洋の曾孫であると知ることができました。御礼申し上げます。 私はそれを見て大変興奮いたしました。 当「きび美ミュージアム」では、来たる六月十二日に倉敷市の羽黒神社で講演会を開催します。 私はそこで「玉島の繁栄の原点、羽黒神社108
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