―﹁椿姫﹂は満席。拍手がいつまでも続きました。ヴィオレッタのアリアに涙する人も多かったようです。神戸で作る市民のためのオペラに参加することができ光栄でした。『椿姫』は私にとって10回目の公演。ヴィオレッタは一番多く演じたヒロインです。愛に生きた儚い女性。愛しているからこそ自分を犠牲にして、病に倒れ、死んでしまう。大人の愛です。でも儚過ぎますよね。―三大悲劇のひとつですね。心がしんどくなることはありませんか。演劇との違いはそこです。感情も大事ですが、オペラは感情を声色で表現する芸術です。役に没頭しながらも、作曲家の意図に従い表現するためには様々な事を同時に計算できる冷静さも必要かと思います。特に椿姫は声色についての要求が多いオペラで、1幕2幕3幕と大きく分けて3つの声の色が要求されています。―確かに、1幕と3幕でヒロインの様子はだいぶ変わりますね。豪華な社交界から、最後は死に至りますからね。ソプラノはさらに細かく分かれているんですよ。私の声は﹁リリコ ディ コロラトゥーラ﹂といって抒情的、高音域の装飾に富む種類です。声の種類で歌える曲が変わります。―好きな曲を歌っているのではないのですか?色んな場合があります。好きな役や曲を自分のレパートリーにできることもありますし、そうできないこともあります。例えばカルメン役やトスカ役は大好きですが、私は歌いません。声帯の長さ、太さである程度声の種類が決まり、訓練してより良い声に近づけていきます。自分の喉を第一に考えてオペラの役や曲を選んでいくことがとても大切です。―歌姫を目指したのはいつですか?3歳でピアノのレッスンを始めましたが、歌うことが大好きでしたので、その先生に唱歌を習い始めました。3歳でしたので最初は遊びながらのお稽古でした。祖母がバレエ、音楽等芸術分野が大好きでよくオペラを聴いていました。そうするうちにテレビで聴いたエディタ・グルべローヴァの歌声に惹かれて﹁この人になりたい﹂と、憧れるようになりました。音楽高校から音楽大学に進むと、また祖母が私の人生を決定づける出会いをくれました。ラジオでイタリア在住のオペラ歌手の話を聞いて、コンサートに行くことを勧めてくれたのです。そのコンサートでは、天井からキラキラと降ってくる声に衝撃を受けました。﹁こんな声を出したい﹂と。その日から5个月後には初めてイタリアに渡りました。―現在もミラノ在住ですね。住んでみていかがですか。常に芸術家を魅了する国だと思います。何でもない日常にもオペラが浸み込んでいるというか。特に南イタリアに行くと色んな場面に遭遇します。シチリアを舞台にした『カヴァレリア・ルスティカーナ』の広場に似た場所で色々な人を見ていたら、今にも物語が始まりそうに思えてきて、﹁決闘が起こりそう﹂なんて思い55
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