KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2022年5月号
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は後回しにされて、なかなか見られなかった。確か、ビデオ発売が先だったようだ。ボクはこれをスクリーンで観ていない。―あなたこそ私の恋人なのよ、皆が羨むようなカップルになれそうよ、愛の言葉を聞かせてよ―と、3人組の女性グループ、ザ・ロネッツの『ビー・マイ・ベイビー』の歌声と一緒に、ハーベイが身支度を始める最高に素敵なオープニング場面を、このまま劇場で体感できないで終わってしまうのが心残りだ。でも、やりきれない日々を気の合う仲間と何とか愉しくやりこなしていく、そんなイタリア系の若者の逞しさには今でも励まされている。後年、この気分のいいポップスを、『岸和田少年愚連隊』(96年)のタイトルバックに当てようと企んだが、原版権が複雑で夢は叶えられなかった。これも悔しくてならないが。大阪で生きあぐねた独り者の青年がヤクザ組織から逃れて、和歌山の海辺の町に流浪する話を思いつき、二作目の準備に取りかかるのは77年頃だ。ニューファミリー、核家族という語句が生まれ、市民の「シビック」という中型車が売り出され、一億総中流などと世間の誰もが無理でも意識するようなそんな時代になっていた。ボクは身体と時間を売り歩くことにいい加減に我慢ならなくなった自分を主人公に置き換えて、問い詰め直すしかなかった。そんな時、勇気づけられたのが『ロンゲスト・ヤード』(75年)という元プロフットボール選手が刑務所でまた試合をする活劇だ。監督が『特攻大作戦』(67年)の鬼才、ロバート・アルドリッチだったから見たのだ。どこかの場末の映画館で、『アメリカン・グラフィティ』だったか、2本立てだった。その古き良き60年代とやらの軟派少年たちの取りとめもない話の方は少し眠たかったが、ヤサグレな元プロ選手に扮したバート・レイノルズが男の意地を見せるこの娯楽作は断然、痛快だった。厚化粧の女のヒモになり下がった自分に嫌気がさして、女と喧嘩して、車を盗んで破壊させた挙句に刑務所に収監され、そこで再び、フットボールをやる羽目になる話だ。対戦相手は所長率いる看守チーム。所長は自分と刑務所の名誉のため、バートら囚人チームに「お前らが負けてくれたら、すぐに保釈してやる。さもなくば終身刑だ」と八百長を強要する。バートは悩み、迷い、日和り、また悩んでは迷い、遂に己の生きる道を決意するのだ。高慢ちきな所長役のエディ・アルバートも見事にハマっていた。アメフトのルールを知らないボクでも十分笑わされて、見えない未来に挑みたくなった。スポ魂ものと評する人がいたら、それは間違いだ。これはどん底からの人間賛歌だ。今月の映画『ミーン・ストリート』(1973年)『ロンゲスト・ヤード』(1975年)53

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