KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2022年5月号
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神戸で始まって 神戸で終る ㉗Tadanori Yokoo美術家横尾 忠則撮影:山田 ミユキ東京上野の近く、台東区谷中にスカイザバスハウスという現代美術の画廊がある。この画廊は元銭湯で、今でも入口には暖簾がかかっていて、高い煙突が立っている。その画廊で個展を依頼されたのは2004年だった。画廊の内部は天井が高く、話すと声が辺りの空間に反射して、まるで風呂場で話をしているようにエコーがかかって面白い。この銭湯には川端康成や吉永小百合も来たという。だったら一層のこと、かつての銭湯時代の喧騒を取り戻したいと考えた僕は、銭湯を主題にした絵画作品を並べたらどうだろうと発案して、オーナーの白石正美さんを納得させた。江戸時代の銭湯の絵を資料にして、現代の銭湯に芸者などを登場させた。僕の子どもの頃は、母に連れられて女湯に行っていた。かなり大きくなるまで女湯に入っていたので中学に入って男湯に入った時、なんだか慣れないので恥ずかしい思いをした記憶があるほど、どっぷり女湯につかっていたというわけだ。4時頃の早い時間に行くと、町の料亭に呼ばれる芸者達が風呂に来るので、僕はそこで芸者を見ていた。江戸時代の芸者の銭湯の絵は、僕にとってはある意味ではフィクションというより、むしろリアリティのある風景でもあった。今から思うと芸者達に囲まれて湯船に浸かっているというのは実に不思議な体験であったかもしれない。そんな銭湯の絵を見た友人の編集者が「次は温泉に行きませんか?」と誘ってくれた。だけど僕には温泉は何だか年寄りじみていてそれほど興味が湧かなかった。当時、帯状疱疹の後遺症で、首から肩にかけて、神経痛のような痛みに半年近く悩まされていた。当時、病院の先生が「温泉治癒という手もありますよ」と言ったのを思い出して、まぁ物は試しだと思って、友人の誘いに乗ってみることにした。毎月1回、フリーペーパーの雑誌で温泉を夫婦で訪ね、温泉風景を絵にするという仕事を先ず引き受けることにした。最初に行ったのは草津温泉だった。そして、その翌朝、奇跡が起こった。半年近く、首を曲げるのも痛かったのが、突然、あの激痛から解放されたのである。それ以来、気がついたら3年近く温泉旅行を続けていて、すっかり温泉マニアになって「温18

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