に映画を学べる大学がある。そう教えられて…」。地元の高校へ進み、猛勉強し、日本大学芸術学部映画学科へ進学する。真部を創部したんです」。暗室も自作し、撮影したフィルムを自ら現像して写真の技術を身につけていった。「でも、どうしたら映画の世界へ行けるのか? 広島の田舎の子供にはそんなことは分かりません。中学の先生が、東京宮島 正弘(みやもと まさひろ)1966年より大映京都撮影所技術撮影課入社、1982年に退職。以来、フリーを経て旧大映 映像京都に入社し多くの撮影に携わった。『影武者』(黒澤明 80)『瀬戸内少年野球団』(篠田正浩 84)等では宮川一夫撮影監督のチーフ助手、五社英雄監督の『226』(89)『陽炎』(91)等では森田富士郎撮影監督のチーフ助手も担当した。元大阪芸術大学映像学科客員教授、元日本映画撮影監督協会理事役員。〈4K修復監修作品〉『炎上』、『おとうと』、『雪之丞変化』(市川崑監督)、『雨月物語』、『山椒大夫』、『近松物語』、『赤線地帯』(溝口健二監督)、『刺青』(増村保造監督)、『浮草』(小津安二郎監督)、『無法松の一生』(稲垣浩)他23
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