ノースウッズに魅せられて写真家 大竹 英洋まだ春浅い湖をカヌーでゆく。小さな島の横を通り過ぎようとしたら、前方の水面下にも岩が隠れていることに気がついた。慌てて逆方向に漕いで急ブレーキをかけた次の瞬間、バッシャーンという水音に驚いた一羽のカナダガンが、声をあげて島から勢いよく飛び出した。こんなところで何をしていたのだろうと覗いてみると、なんとそこにカナダガンの巣があった。自分の羽毛を敷き詰めたふかふかのベッド。その中に置かれた、白く輝く卵たち。冷めてしまっては大変と、急いでその場を離れた。ノースウッズの水辺は冬になると凍ってしまう。すると水鳥たちは暖かい南へ旅をしてそこで過ごす。やがて春が来て再び水面が現れると、隊列を組んで帰ってくる。よく知られた渡り鳥たちの行動だ。でも南の方が過ごしやすいなら、どうしてそこでぬくぬく暮らし続けないのだろう。実はカナダガンは子育て期間と重なる6月中旬から7月にかけて風切羽が生え変わり、空を飛べなくなる。天敵からも襲われやすくなるため、ノースウッズの広い水辺が生き延びるのに役立つ。しかも、北国の長い日照時間のおかげで、たくさんの草が生える。巣作りに適した場所もあり食料も豊富となれば、次世代の命を生み育てるという大切な使命にとって、これほど好都合なことはない。カナダガンの抱卵は28日。ヒナたちが親鳥の後ろについて回るようになると春も本番。たとえ危険な長旅で多くのエネルギーを消耗するとしても、ノースウッズの水辺は北米の水鳥たちにとって、毎年帰ってくる故郷なのである。水辺の故郷Vol.33写真家 大竹英洋 (神戸市在住)1975年生まれ。一橋大学社会学部卒業。撮影20年の集大成となる写真集『ノースウッズ 生命を与える大地』で第40回土門拳賞受賞。写真家になった経緯とノースウッズへの初めての旅を描き、第7回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞したノンフィクション『そして、ぼくは旅に出た。』が文春文庫となって5月初旬に刊行予定。12
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