KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2021年12月号
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に勤務する通信兵。アジアの戦場に行くこともなくなって退屈な日々を持て余す気だるい役柄は彼にピッタリで、当時のアメリカ庶民そのものを体現しているようだった。庶民にパニックはなく、ただ無益な戦争に疲れて平穏を望んでいるだけだった。そこに、上官から命令が下る。東北部のポーツマスにある海軍刑務所まで、18歳の不名誉除隊にされたばかりの元新兵を護送する任務だ。元新兵に「何をやらかしたんだ?」と訊くと、基地内で慈善活動の献金箱の金を万引きしかけたのだと。「えー?たった40ドルで懲役8年だって?」とジャックは呆れ果てる。18歳のその不運と軍隊のルールの理不尽さの両方に、だ。ジャックと相棒の黒人兵とその哀れな18歳の珍道中が始まる。ワシントンからニューヨークを通って2日間で辿り着けるところを1週間の猶予を貰ったので、早々に18歳を刑務所に届けた後、帰路はゆっくり遊んで戻る魂胆だった。でも、立ち寄る先々で、世間知らずな18歳が窃盗未遂で長い刑に服すのが不憫でならず、道中、色々と教えてやりたくなる。食堂に入ったらよく焼けたチーズハンバーガーが好きだというので食べさせてやり、ビールを頼んで店員に詰られたら、18歳の代わりに怒鳴り返してやる。「お前は何に怒りたいんだ!40ドルで8年だぞ!」と。ニューヨークの駅の便所で陸軍兵士と喧嘩になると、18歳に「しばらく人なんて殴れないんだぞ!」とも。アイススケートをさせてあげたり、25歳まで童貞じゃあんまりだと売春宿に連れていったり。ボクの周りにこんな思いやりがあり、「自由」を教えてくれる先輩はいなかったので羨ましかった。そして、彼らとアメリカ東部を一気に駆け巡ることができたのは愉しい体験だった。1930年代の大不況と貧困の時を駆け抜け、中西部の田舎の銀行を次々に襲って生き急いだ実在のギャング一味を乾いたタッチで描いた、『デリンジャー』(74年)も何度も見てきた。ボクに人生の惨めさや歓びや切なさや希望をまとめて示してくれた。監督はジョン・ミリアス。29歳の新人だが画面に詩情があって鮮やかだ。何年か後に『ビッグ・ウエンズデー』(79年)を撮る、勇者を描く作家だ。ボクが観た理由は他にあった。主演のウォーレン・オーツの、あの風に向かって立つ切ない顔と、『夢のカリフォルニア』を歌ったフォークグループ、ママス&パパスの美人ボーカル女性が、その情婦役で出て、ネグリジェ姿のまま機関銃をぶっ放すと聞いていたからだ。不敵で可憐な青春の映画だった。今月の映画「さらば冬のかもめ(1973年)「デリンジャー」(1974年)43この記事の立ち読みはここまでです。続きを読むには月刊 神戸っ子 を買って読むご注文フォームはこちら

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