KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2021年11月号
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わけだ。でも、鬼の車掌に見つかれば最後、ハンマーと鎖で殴り殺されるか、レールに落ちて轢き殺されるかだ。鬼を演じたのはアーネスト・ボーグナインというおっさん怪優。彼はこんな冷酷で頑迷な敵役にはうってつけで、まさに娯楽映画の顔だった。当時はそんな味のある敵役たちが銀幕の中を闊歩しながら異彩を放っていた。映画の力は憎まれ役で決まるということを教えてもらった。仕事と夢を探すホーボーを見つけ出しては殴り殺して落とす、それだけの死闘劇にボクは自分を重ね合わせていた。帝王を真似て追いつきたいだけの姑息な若造に、帝王は「お前はもっと鍛えられてから乗れ。生きたいなら田舎に帰れ。物乞いしたら恵んで貰えるぞ。お前は向こう気だけで心がないんだ!」と叫んで、若造をつき落とした。ボクも一緒に突き落とされた気分だった。もう一本、映画は哲学だと教えてくれたのは、『突破口!』(74年)という職人技の作品だ。『ダーティハリー』(72年)を放ったドン・シーゲル監督の意欲作だが、今の映画ファンは元より、これを知る人は少ない。曲芸飛行士から農薬の空中散布業に転職しても時代の波には勝てず、また失業してしまった中年男が西部の田舎の銀行に押し入る場面からこの奇想天外な話は始まる。いきなり、見張り役でいた妻が警官に見つかって腹に一発喰らってしまうリアル感に驚かされた。中年男は若い相棒と何とか逃げのびる。が、盗んだ金が思ったよりも大金で、男はこれはマフィアの隠し金に違いないと勘付き、こうなりゃ追っ手が来る前にメキシコにでも高飛びするかと思い直す。案の定、マフィアのボスが殺し屋を差し向けるというスジ運びだ。ウォルター・マッソーという、喜劇からサスペンス何でもござれのトボケ顔の名優に惹きつけられた。そして、ダーティハリーと渡り合った凶悪犯役のアンディ・ロビンソンが今度は小心な相棒役で蘇って役者魂を見せてくれたし、殺し屋役の個性派ジョー・ドン・ベイカーにも気を奪われた。奴らが言い放つ台詞一つ、その一挙一動に役柄なりの死生観が見えて、プロは違うなと思った。今も見直す度に思うが、人は元からじゃなく、物語の途中で悪いことをしたり良いことをしたりするだけだ。それが人間なのだと、彼らは何食わぬ顔つきで教えてくれるのだった。奇妙だけどリアルな筋立て。幸運と不運が積み重なった挙句、辛くも生き残った中年男が、最後はどんな顔をして姿をくらますか、ボクは瞬きも忘れて見つめていた気がする。秋の夜長にお勧めしたい。今月の映画「北国の帝王」(1973年)「突破口!」(1974年)39

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