KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2021年11月号
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―編集者を志望しておられたのですか。実はそうではなかったんです(笑)。私は76年に入社したのですが、翌年からグループ企業に出向してフランスの書店にいました。80年、リチャード・スキャリーの『ハックルとローリー ものしりえほん』の制作を機に、それまでの訪問販売から、書店販売も始めようということになり、初の書店営業担当になりました。当時、営業は一人でしたので、書店の児童書担当の方から教えてもらいながら、ひたすら絵本を読み続けました。―神戸の出版社から、全国に営業する難しさはありましたか。神戸から営業に来たと言うと、神戸=国際都市、港があって異人館もあって、おしゃれなイメージがある。そこに外国の絵本を紹介しにいくので、当時は、どこに行っても受け入れてもらえました(笑)。人生の転機となった一冊の絵本との出会い。―“神戸”と“翻訳絵本”が見事にマッチしたわけですね。はい。そういった意味で神戸から発信できたのは強みでした。東京でやっていたら、きっと埋もれてしまっていたと思います。―落合さんが手がけられた『アンジュール ある犬の物語』は代表作ですね。86年かな、編集部に行くとベルギーの絵本作家、ガブリエル・バンサンの『アンジュール』の原書があったんです。すでに『くまのアーネストおじさん』は人気シリーズでしたが、『アンジュール』は絵だけの作品でしょう。編集部では扱うつもりはないようでした。でも私は好きでね。書店さんに見せて歩いたら、どの担当者も「これはすごいね」って言ってくれて。社内では「本当に売れるのか」と危ぶむ声もありましたが、当時の社長に直談判して出版にこぎつけました。おかげさまで大きな反響をいただき、絵本の原点とも評され、現在61刷と、当社のロングセラーとなっています。―モノクロのデッサンだけで犬の心情の変化が伝わってきますね。私はこの本から“声”が伝わってくると思うし、この中に入っていくことができるんです。小学6年生の時、兄貴と近くの公園でこっそり捨て犬を飼っていたんです。でも母親に見つかってね、しかたなく兄貴が捨てに行った。その記憶とこの犬の気持ちが重なって、より惹かれたんですよね。―バンサンさんのお人柄で印象に残っていることはありますか。バンサンさんは、日本で出版が決まると、必ず印刷についてのアドバイスとお礼の言葉を添えた手紙をくれました。実際にお会いしたこともあります。最初は1996年の春で、ベルギーのアトリエを訪ねました。33

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