KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2021年11月号
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音楽プロデューサーの名は酒井政利(今年7月、85歳で死去)。山口百恵や郷ひろみらを育てた名物プロデューサーだ。「アイドルではなく本格的なフォーク歌手を育てたい。そう酒井さんから説得されました」こうして2人はタッグを組み、日本音楽界に、〝ニュー・ミュージック〟という新たな風を巻き起こしていくのだ。「きみの朝」誕生秘話最初の転機はデビューから3年後に訪れる。俳優として出演したドラマ「愛と喝采と」で歌った主題歌「きみの朝」が大ヒット。音楽チャートを賑わし、テレビの人気歌番組「ザ・ベストテン」などに連日出演し、一躍全国区に人気は広がっていく。今も歌い継がれる、この名曲はいったいどうやって生まれたのだろうか?「〝新人歌手〟という当時の僕の状況そのままの役どころで出演したドラマ。ここで主題歌を自分で作曲しろ…と言われたんです。作詞家の岡本おさみさんが詞を書いてくれました」岡本といえば、森進一の「襟裳岬」、吉田拓郎の「旅の宿」など数々のヒット曲で知られるヒットメーカーだ。《♪モーニン、モーニン…》伸びやかな高音で、高らかに歌い上げるサビのフレーズが印象深い「きみの朝」。だが、岸田さんが教えてくれた〝創作秘話〟に驚かされた。「実は最初に僕が受け取った作詞では3番目の曲の最後に〝一行だけモーニング〟と書かれていたのです」そして、こう続けた。「この歌詞をリズミカルに歌い上げるためにはどうすればいいか?作曲していく中でこう思いつきました。〝モーニング〟のフレーズを、曲の1番目から使いながら歌ってみようと…」当時、日本人の誰もが口ずさんだ、あの〝♪モーニン、モーニン〟の心地よいリフレインは、こうして生まれたのだった。「それまで岡本さんが作詞した曲の中で、英語のフレーズがこんなに出てくる曲はなかったので、音楽関係者たちはみんな驚いてしまって。もちろん岡本さんご本人も」と岸田さんは苦笑した。生涯不変のステージ全国ツアー中盤の大阪での公演を取材した。会場では、密にならないように、空間をあけて客席を配置。マスクをして曲を聴きに来た大勢のファンに向かって、岸田さんはこう呼びかけた。「一緒に大きな声で歌いたいけれど、今は我慢しましょうね。いつか一緒に歌える日が必ず来ますから…」ステージの上から、優しく語りかける声に、観客席からは、歓声の代わりに大きな拍手が沸き起こった。コンサートでは、ミリオンセラーの大ヒット曲「きみの朝」、俳優としての主演ドラマ「1年B組新八先生」の主題歌「重いつばさ」など、45年間の歩みをたどるように岸田さんは次々25

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