KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2021年11月号
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執念で開発した紫電改第二次世界大戦末期。沖縄を占領した米軍の艦隊は日本本土に迫り、日本の制空権が奪われるのも時間の問題だった。1945年3月。速度、馬力で日本の戦闘機を凌駕する〝ゼロ戦キラー〞ことグラマンF―6Fヘルキャットの編隊が、日本海軍の拠点、広島・呉軍港を攻撃するため、日本の領空に侵入しようとしていた…。だが、日本はこの〝最終決戦〞のために新型戦闘機を密かに愛媛・松山基地に配備していた。新型機の名は「紫電改」。神戸市須磨区で生まれ育った技術者で実業家、川西龍三(1892〜1955年)が創設した川西航空機(現新明和工業)が、全社員の英知を結集、全資産を投入し開発にこぎつけ、本土決戦のために完成させた最新鋭機だ。大手の三菱重工でも川崎重工でもない。このとき日本の制空権は、のどかな〝兵庫の片田舎〞鳴尾村(現西宮市)で創業した航空機メーカーに託された。「大空に憧れた」龍三たち川西の技術者たちの執念が完成させた紫電改にその存亡がかかっていたのだ。「ヘルキャットの性能を超える迎撃戦闘機は日本にはない…」。最大のライバル、ゼロ戦との空中戦を制してきた米軍の戦闘機パイロットたちは、そう高をくくり、四国上空を我が物顔に越えようとしていた…。だが、突然、その視界にこれまで見たことのないシルエットの機体が現れた。濃緑色で塗装された紫電改の編隊だった。アニメ化もされた人気漫画「あしたのジョー」などで知られる漫画家、ちばてつやの作品群の中に、地味だが世代を超えて読み継がれてきた傑作がある。タイトルは「紫電改のタカ」。紫電改のパイロットを主人公に描いた戦争漫画だ。この中に、愛媛上空での空中戦の様子が克明に描かれている。航空機開発者の意地決戦前の1945年1月。劣勢に立たされた日本は松山基地で米軍を迎え撃つ準備を進めていた。激戦をくぐり抜けてきた少数精鋭のパイロットをこの地に結集させていたのだ。第三四三航空部隊。後に航空自衛隊の創設に尽力する源田実が航空隊司令を務めた通称「剣」部隊。源田が発案し、発日本の空を守れ…航空機に捧げた川西龍三の情熱神戸偉人伝外伝 〜知られざる偉業〜⑲前編130

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