KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2021年10月号
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ノースウッズに魅せられて写真家 大竹 英洋ある秋、森の奥で一ヶ月ほどキャンプをしていた時のこと。けもの道にカリブーの新しい足跡とフンを見つけたので、迷彩柄のブラインドを張った。再びそこを通ることを期待して、夜明けから日暮れまでじっと待ち続けたのである。しかし、何日経ってもカリブーが現れる気配はない。時折ユキヒメドリが飛んできて、地面で何かをついばんだり、アカリスがチッチッと舌を打つような音を立てて横切っていった。見慣れた存在とはいえ、彼らにもカメラを向けてみるが、シャッターを切りたくなる光景には出会えずにいた。野生動物が相手では待たされるのはいつものことだ。でも、こうして待っている間の、無為に過ごしているような時間こそ、かけがえのない貴重な体験をしていると感じる。人間の意識が遠く及ばないような原生林の奥地で、ただ一人、じっと座っているのである。この地球に生まれて、〝いまここにいる〞という不思議を感じながら、風の音に耳をすませたり、森の匂いを嗅いだり、太陽の動きにあわせて影が変化していくのを見つめていると、この時間を抜きにして、本当に自然を見たとは言えないような気さえしてくる。ふと、前方に小さな黒い影が現れた。ぴょんぴょんと跳ねるように近づいてくる。マツテンを見るのは初めてだった。シャッターを切ると、その音に気づいてピタッと立ち止まった。そして次の瞬間、道から脇へそれて走り去っていった。狙った被写体が来ないこともあれば、予想もしなかった出会いもある。撮影は常に一期一会である。無為に過ごす時間Vol.27写真家 大竹英洋 (神戸市在住)1975年生まれ。一橋大学社会学部卒業。『そして、ぼくは旅に出た。』で梅棹忠夫山と探検文学賞受賞。撮影20年の集大成となる写真集『ノースウッズ 生命を与える大地』で第40回土門拳賞受賞。2021年10月6日より12月22日まで土門拳記念館(山形県酒田市)にて受賞作品展を開催。最新刊に写真絵本『もりはみている』(福音館書店)がある。16

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