KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2021年8月号
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ノースウッズに魅せられて写真家 大竹 英洋Vol.25夏の水辺はムースがよく似合う。水中へ頭を突っ込むと、しばらくしてザバーッと出てきたその口には大量の水草。冬の間は乾いた木々の芽ばかりを食べて命をつないできたが、この時期の食料は体が成長するのに重要だ。ヒルムシロ、コウホネ、そしてジュンサイなど、タンパク質とナトリウムの豊富な水生植物が大好物である。しかし、それだけであの巨大な角を作り出すほどのカルシウムが摂取できるのだろうかといつも不思議に思う。じつはムースやカリブー、そしてオジロジカなどの鹿の仲間は、牛や羊と異なり、毎年角が生え変わる。早春から袋角と呼ばれる毛のはえた皮の中で成長を始め、内部の血管から送られる養分で骨のような組織が作られる。夏の終わりまでに成長を終え、血流も止まると、木の幹でこすって袋角を剥がす。秋の繁殖期にはメスへのアピールとして、大きな角が良好な健康と栄養豊富ななわばりに生きる証となる。そして冬が来ると、役目を終えてぽとんと根元から落ちるのだ。ムースの角は最大で、両端までの幅が180センチ、重さは30キロ以上にもなる。夏のもっとも伸びる時期には、1日で重さが450グラム近く増えるというが、生物の中でこれほど早く成長する組織は他にないそうだ。春の森を歩いていると、冬に抜け落ちた角を見つけることがある。枝分かれしたその先には、ほぼ決まって何者かに齧られた跡がある。ネズミやウサギたちの仕業だ。彼らは角を持たないが、一生伸び続ける歯を持っている。角に含まれるカルシウムはいつだって貴重なのだろう。生え変わる角写真家 大竹英洋 (神戸市在住)1975年生まれ。一橋大学社会学部卒業。『そして、ぼくは旅に出た。』(あすなろ書房)で梅棹忠夫山と探検文学賞受賞。撮影20年の集大成となる写真集『ノースウッズ 生命を与える大地』(クレヴィス)で第40回土門拳賞受賞。現在NHKオンデマンドにて、出演した自然番組ワイルドライフ『カナダ ノースウッズ 命あふれる原生林を行く』を配信中。16

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