自分の庭・神戸―からのメッセージ〝漫画の神様〞と呼ばれた手塚治虫(1928〜1989年)は、「マンガは子供向け」という概念を大きく変えた。幅広い世代に向け、多岐にわたるジャンルの作品を発表し続け、漫画の可能性を広げ、その魅力を世界へ伝えた。「今ここで自分が描かなければ誰が描く」と語っていた彼は、アニメ制作会社も創設し、「鉄腕アトム」や「ジャングル大帝」など誰もが知るヒット漫画のアニメ化などに尽力する一方、硬派な社会派作品も数多く手掛けた。亡くなる4年前に発表した、神戸を舞台にした「アドルフに告ぐ」は、ラジオドラマ化や舞台化されるなど現在まで語り継がれる傑作の一つだ。第二次世界大戦の史実を交え、真正面から反戦を、そして命の大切さを問う。戦前からの神戸をつぶさに見てきた手塚にしか描けない、正に「自分以外、誰が描くのか」という覚悟、気迫がにじみ出てくる作品だ。アトムやレオなど、手塚は世界の人々が憧れる理想の正義のヒーローを数多く生み出してきたが、こう言い続けていたことを知っているだろうか。「漫画に必要なのは風刺と告発の精神だ」と。兵庫県宝塚市で幼少期を過ごした手塚は、「神戸は目と鼻の先でしたので、まあ自宅の庭みたいにうろつきまわって遊んでおりました町です」と語っている。そして、「アドルフに告ぐ」について、「いうならば私の戦前・戦中日記のようなものです」と明かしている。「明石は火の海だ! 次は神戸の番か…」。作中、米爆撃機B-29の編隊が神戸市上空を越え、明石市の川崎航空機(現川崎重工)の明石工場を空襲。防空壕に避難した市民が、おびえながらこうつぶやく場面は印象的だ。自らの空襲体験を手塚は他の作品の中でも度々描いてきた。学徒動員で大阪の軍需工場で勤労中。B-29の空襲で焼け出された手塚が夜中に大阪から宝塚市の自宅まで一人で歩いて帰る途中、空腹で倒れそうになったとき。民家の女性からおにぎりをふるまってもらう実体験の場面も出てくる。「アドルフに告ぐ」の中では、北野の異人館や元町の商店街、六甲山…など神戸の情景がふんだんに登場する。戦前・戦中の神戸の街並みが生き生きと描写されているが、漫画を描「自分が描かねば誰が書く…手塚治虫の創作魂は永とわ遠に」神戸偉人伝外伝 〜知られざる偉業〜⑮前編116
元のページ ../index.html#116