ノースウッズに魅せられて写真家 大竹 英洋とある国立公園内に続く、未舗装のでこぼこ道。その両側には北国らしいアスペンの白い幹が立ち並び、すっかり開いた若葉の緑が目にも鮮やかだった。何か出会いはないかと車をのんびり走らせていると、前方に黒い影。アメリカクロクマだ。いつもなら車を見るとすぐに逃げるが、そのクマは立ち止まり、何度もこちらを振り返って、逃げ出すそぶりを見せない。それどころか、しきりに顔を上げて頭上を見つめている。視線の先に何があるのだろうと、刺激しないようにゆっくりと車で近づいてみた。すると、すぐ近くの太いアスペンの枝の上に、2頭の子グマの姿が見えた。下にいたのは母グマで、おそらく車が近づいてくるのを感じて、子グマたちに安全な木の上に登っておくよう忠告したのだろう。ぼくはある程度の距離を保ったまま、車を道の脇に寄せ、窓越しに観察を続けた。母グマは最初は警戒していたものの、こちらがあまりに静かなので緊張を解いたのか、道端に咲くタンポポの花を食べ始めた。そして、せわしく頭と口を動かしながら、そのままどこかへ歩き去ってしまった。困ったのは子グマたちである。「木の上にいなさい」との言いつけを守るしかない。手持ち無沙汰な感じで、葉っぱを噛んだりして遊んでいたが、だんだん風が強くなってきた。アスペンは別名ヤマナラシともいい、葉が風に揺れるとザワザワと鳴る。しまいには木全体がゆらゆらと揺れて、格好のゆりかごである。子グマたちはいつしか眠ってしまった。忘れられない春のうららかな一ページである。風に揺られてVol.22写真家 大竹英洋 (神戸市在住)北米の湖水地方「ノースウッズ」をフィールドに、人と自然とのつながりを撮影。主な写真絵本に『ノースウッズの森で』、『春をさがして カヌーの旅』(共に福音館書店)。『そして、ぼくは旅に出た。』(あすなろ書房)で梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞。2021年、撮影20年の集大成となる写真集『ノースウッズ 生命を与える大地』(クレヴィス)で第40回土門拳賞を受賞。16
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