KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2020年12月号
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ノースウッズに魅せられて写真家 大竹 英洋立派な角をした一頭のカリブーが湖岸に現れた。泳いで対岸に渡るに違いない。移動ルートや地形からこの岬に狙いを定め、夜明け前からずっと待ち続けた甲斐があった。カリブーが泳ぎ始めるのを確認すると、出来るだけ音を立てないように小型のボートをそっと湖面に押し出した。カリブーがしばらく進んだところでエンジンをかける。ブルッブルッと小刻みに震える船外機。カリブーはこちらに気付いたが、そのまま泳ぎ続ける。ぼくはボートをゆっくりと近づけ、刺激しない距離で並走する。カメラを構えると、朝の柔らかな光の中に、カリブーのシルエットが浮かび上がった。ノースウッズを象徴する動物を一つだけ挙げるとすれば、このウッドランド・カリブーが思い浮かぶ。カリブーとは北米でのトナカイの呼び名。春に北極圏を大群で移動するバーレン・グラウンド・カリブーが知られているが、ウッドランド・カリブーは異なる亜種で、一年を通して森の中で暮らしている。カリブーの体毛は中空となっており、内部の空気の層のおかげで、冬の寒さにも強く、水に入れば体が浮く。また、蹄はオジロジカよりも幅広で面積が大きいため、ぬかるみにも粉雪にも沈むことがない。さらに水中では大きな推進力を生むので、オオカミも追いつけない速さで泳ぐことができる。ウッドランド・カリブーは森と湖という二つの世界を、自由に行き来する生命なのである。森と湖に生きるVol.17写真家 大竹英洋 (神戸市在住)北米の湖水地方「ノースウッズ」をフィールドに、人と自然とのつながりを撮影。主な写真絵本に『ノースウッズの森で』(福音館書店)。『そして、ぼくは旅に出た。』(あすなろ書房)で梅棹忠夫山と探検文学賞受賞。2020年2月、これまでの撮影20年の集大成となる写真集『ノースウッズ 生命を与える大地』(クレヴィス)を刊行した。16

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