KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2020年11月号
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海に面した漁村の旅館で、行商人が泊まりそうなひなびた小さい旅館だった。新婚旅行者は先ずこんな旅館には泊まらないだろう。磯の料理がでたが嫌いな魚貝類の夕食なんてどう考えても嬉しくもない。酒が一滴も飲めない僕の前で妻が一人で手酌しながら飲んでいる。こうして二回目の新婚旅行は終った。三回目の話はなかった。神戸新聞社には毎日バスで通った。仕事が終ると定時に帰ってきて、バイトの仕事などをするのが日課だった。日宣美展で受賞したり、会員に推挙されたことでやっとプロの仲間入りができると同時に、今まで眠っていた野心のようなものが身体の底で蠢いているように感じられた。この頃、大阪のデザイナーの田中一光さんと永井一正さん美術家横尾 忠則神戸で始まって 神戸で終る ⑩翌日も、温泉街を散策するとか、土産物を買うとか、そんなことには全く興味がないので、午後には神戸に帰って来た。僕のこんな物ぐさな性格を妻はどう思ったか知らないが、もともと僕は好奇心を持たない性格だった。全て、面倒臭いで片づけてしまう。そんな僕に対して妻は抵抗するわけでもなく、同じように僕の面倒臭さを共有しているのかも知れない。新婚旅行らしくない旅行だったので、もう少し、遠方に行こうか、と言って一ヶ月後位に淡路島の岩屋に行くことにした。まあ有馬温泉より、船に乗るので旅行気分がでるかも知れない。と思ったが、明石までアッという間に着くし、船だって20分で岩屋に着いてしまう。今度もサラリーマンの通勤時間内の新婚旅行だ。結婚したものの、二人の間で新婚旅行の話は一度も持ち上がらなかった。旅行する費用もなかったので、じゃ形だけの新婚旅行ということになって、山ひとつ越えた所の有馬温泉にでも行くか、とほとんど手ぶらで三宮駅から電車で行くことにした。たった1時間そこそこで着く世界最短距離の新婚旅行先はギネスブックに登録されても不思議ではなかろう。宿泊先も決めずに、町中をうろつきながら、一軒の日本旅館に入った。何かにつけて面倒臭がりやの僕は、温泉湯なんて年寄り臭いので部屋の風呂に入った。プライベートで旅館に泊まるなんて生まれて初めてだ。妻はさっさとゆかたに着がえて大浴場に入った。僕はゆかたに着替えるのも面倒臭いので、来た時のままだ。Tadanori Yokoo撮影 三部正博18

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