KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2020年10月号
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頃、人気の少ない神戸港の倉庫街に面した埠頭で、油の浮いた、夜の海の水を眺めながら、なんとなく結婚を匂わせるような言葉を吐いた。その時の彼女はただ、ニコッと笑うだけで、まだ会って日も浅く、手も触れたことのないのに、この人は一体何なの、何を考えているの?と思われたのかも知れない。その態度が随分大人の女性のように思えた。その後、会ってから一週間も経つか経たない頃、僕に一言も相談しないまま、六甲山麓の青谷川に添ったところにあった二階建てのアパートを借りて、「さあ、この下宿を引き上げてそこへ移りましょう」と、下宿から、ほんのわずかな生活用品と共に、彼女の拾ってきたタクシーに乗って、下宿の大家さんに挨拶もそこそこに、ま美術家横尾 忠則神戸で始まって 神戸で終る ⑨将来自分が住んでみたい家の模型を紙で作る課題があって、その時に作った模型の話を彼女にした。そんな話を聞いていた彼女はポツンと言った。「そんな白いお家に住んでみたいわ」と。僕にとっては、僕の思考の核の中心に、ズバリと入ってくるような彼女の言葉だった。模型の家は、自分の住んでみたい理想の家である。その家に住んでみたいとは、一体どういうことなんだ。どう判断すればいいのだろう。彼女は何げなく言った言葉だったと思うが、僕にとっては聞き捨てならない言葉だった。彼女はあんまり自分の気持ちを語るタイプの女性ではないことが、段々わかってきた。だけど、この日も、次の日も会社が引けたあと誘うと、必ずやってきた。会って、三、四日と経ってない想像してなかったというか、考えもしてなかった「彼女」が突然、僕の生活の中に闖入してきた。岡井さんの紹介で谷さんという神戸新聞会館に勤める女性との出会いは、正に電光石火であった。阪急電車の三宮駅の近くに琥珀と言う喫茶店があった。新聞会館の中にも喫茶店は二軒あったけれども、二人の関係は誰にも知られたくなかったので外部の店を選んだ。一度も行ったことのない喫茶店だったが、幸いにも二階だったので通りからは気づかれない。まだ二回目だというのに、大きな秘密を持ったような気がした。ここで初めて会った時に話したことは今でもよく覚えている。どうして、こんな話をしたのか、わからないが、中学生の頃、Tadanori Yokoo撮影 三部正博18

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