ノースウッズの森はどこまで行っても平坦で、同じような景色が続いている。そのため、常にコンパスの向きに注意していないと、どこから歩いてきたのかすぐに分からなくなってしまう。太陽の出ていない曇りの日であれば、なおさら方向感覚を失いやすい。そんな森の奥をあてもなく歩いていると、ふと、見上げるほどの巨大な岩と出会うことがある。地面の上で、孤独にぽつんと佇んでいるのだ。頭のぶ厚い苔の帽子が、ずいぶん長い間この場所で、沈黙を続けてきたことを物語っている。険しい山脈地帯や深い渓谷ならば、侵食によって巨岩が崩落してくることもあり得るだろう。しかし周囲に山はなく、これほど大きな岩が一体どこからやってきたのか、初めて見る人は不思議に思っても無理はない。じつは、こうした岩は「迷子石」と呼ばれるもので、かつて地表を覆っていた氷河に乗って、遥か彼方から運ばれてきたことが分かっている。長い旅をして、約1万年前に氷河期が終わると同時に、ここに落とされていったのだ。この場所にたどり着いた頃は、硬く冷たい岩盤だけの、荒涼とした風景が広がっていたことだろう。やがてそこに草が生え、木が育ち、森になっていった。森林火災が通り過ぎては焼け野と化し、その度に森が再生して、苔むしていくのを幾度も繰り返したことだろう。この岩はそれらの移り変わりを全て見つめてきた、地球の歴史の証人なのである。長い旅の果てノースウッズに魅せられて写真家 大竹 英洋Vol.15写真家 大竹英洋 (神戸市在住)北米の湖水地方「ノースウッズ」をフィールドに、人と自然とのつながりを撮影。主な写真絵本に『ノースウッズの森で』(福音館書店)。『そして、ぼくは旅に出た。』(あすなろ書房)で梅棹忠夫山と探検文学賞受賞。2020年11月、撮影20年の集大成となる写真展『ノースウッズ 生命を与える大地』を東京のフジフイルム スクエアにて開催予定。16
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