KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2020年9月号
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渡邊 英語の中に上手に日本語をぽっぽっと交えたようなものよね(笑)。ヘラ 思い出といえば、昔は教科書が貴重でしょ。次の年に下の学年の子に回さなければいけなくて、書き込み禁止でした。渡邊 その教科書が重いの!ヘラ 加納町から北野町に上がる坂の途中で、なんど投げとばそうと思ったことか!(笑)渡邊 英米文学、歴史、仏語等主教科は毎日授業があり、翌日迄の宿題が出て、家で勉強しないと授業についていけませんでしたね。お習いしたフランス人シスターが、神戸海星女子大学の仏文科主任になられたのでそのまま同大学に進み、仏語を続けました。ヘラ シスターたちも厳しくて、怖かったですしね。渡邊 クラスの人数が少ないので、一時間に何回もあてられる(笑)。聖書を暗記したわね。ヘラ シェイクスピア作品も暗記。必死でしたね。きっと私、あの時、一生分の暗記力を使っちゃったのね。だから、今は歌一つ覚えられない(笑)。に2年近くお世話になっていた時期もあったりしてね。渡邊 ステラマリスは皆、言語も違えば宗教も違う、文化の集積みたいなところでしたね。そこで、イスラエルのひとは、3月のペサハ(過ぎ越しの祭)の時期は、イーストの入ってない特別なパンを食べるとか、それぞれの国の文化や歴史的背景を知って…。まさに学びながら世界を知るという感じでしたね。校内での会話は何語だったのですか?ヘラ 授業はすべて英語ですけれど、友達とは‥‥英語と〝かくれ日本語〟ね!え!?日本語が禁止だったんですか。ヘラ そうなんです。遊びの中で拾った日本語は美しくないって、シスターたちが思われていて…。それで、内緒で独特の「ステラマリス語」っていうのが使われていたんですよ。それこそ旅先で話していたら、「ステラマリスの方じゃないですか」と尋ねられるくらい(笑)。シスターの目を盗んで〝かくれ〇〇〇〟にドキドキ!フロインドリーブさんが今年で創業96年、マキシンさんは80年ですね。まさに、神戸のレジェンドともいえるお二人がご学友とは、びっくりです。渡邊 当時、神戸海星女子学院に「ステラマリス」というインターナショナルスクールがあったんです。でも、同級生ではなくてね…。ヘラ 私の方が一歳上で、卒業年でいえば2つ上ですね。渡邊 私は、小林聖心女子学院を卒業翌日に入学して、最初のクラスは、ヘラの妹・ヨネと一緒でした。矢倉百合の時代です。そしたら、クラスメイトがなんと、7人だったの!ヘラ 私のクラスなんて、10人で8か国よ(笑)!実は私は学校に入るのが遅れていて…。卒業するころはもう二十歳になろうかというときでした。というのも、その頃、外国人が街なかに住むのは難しくて、六甲山の別荘で過ごしたり、父の仕事の都合で名古屋のシキシマパン25

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