KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2020年3月号
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持ってきたのは、いつものご飯ともうひとつ山盛りにしたご飯だった。「ヘェー、これ何?」と言ったら、「ご飯とオオモリです」と言った。「そうか、オオモリとはご飯の大盛のことか」とやっとわかったが、ご飯を2杯も食べられないが、おかずを注文する予算はオオモリで使ってしまったので仕方ない。おかずなしでご飯だけを2杯食べて店を出たが拷問だった。神戸は僕にとっては大都会である。田舎コンプレックスと恥ずかしがり屋のため、言いたいことも言えず黙って言葉を飲み込むしかない。このようなコンプレックスは全てストレスになるが、あらゆる失敗を繰り返しながら少しずつ神戸に慣れていくしかなかった。(つづく)のに後から追っかけられたらどうしようと走るように逃げた。なんて馬鹿げたことをしたものだろう。はっきり「酒と違います、シャケです」と一言いえばいいのに田舎者だと思われるのが恥ずかしくて言えなかったのだ。もうひとつ食べ物の失敗談を話そう。元町のガード下に食堂があってよく行った。この店は労働者風の人達で結構繁昌していた。僕はここでうどんとご飯を食べた。いつもお店の人が大きい声で、「オオモリ!」と叫んでいる。「オオモリって一体どんなものだろう、今日はそのオオモリというのとご飯を注文してみよう」と思った。期待に胸膨らませて、「オオモリ」が来るのを待った。そしてやろ」という興味だ。僕は酒が一滴も飲めない。だけど注文した以上飲んだふりをする必要がある。店員の視線をはずさせて、その間に銚子の酒を灰皿の中に捨てようと思った。だけど彼女たちの視線は僕に釘づけになっている。丁度店員が立っている頭上の棚にテレビがある。僕はそのテレビを無中になって見ている振りをした。すると彼女達も気になって頭上のテレビを眺める。その間に銚子の酒をさっと灰皿に流し、おかずなしのご飯を無理矢理口の中にほうばる。こんな行為を何度か繰り返して、やっと銚子を空っぽにして、ご飯もたいらげて、逃げるようにしてお金を払って外に出た。そんなこと気にする必要がない美術家 横尾 忠則プロフィールよこおただのり 美術家。 1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、小説「ぶるうらんど」で泉鏡花文学賞、「言葉を離れる」で講談社エッセイ賞受賞。「病気のご利益」(ポプラ新書)が2月12日に刊行される。現在、横尾忠則現代美術館にて「兵庫県立横尾救急病院展」を開催中。(5月10日まで)http://www.tadanoriyokoo.com灘本唯人氏(右)と29

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