よい町、人間の幸せにつながるものではないはずですから、町とはこうあるべきだというビジョンをトップの人にもってほしいものです。私が思うには、神戸は日本のパリとかフィレンツェのような町であってほしい。あそこへ行けば人の考え方や感覚、価値観もちょっと変っているという町、人間は何のために生き、何のためにそこに住んでいるのかを知っている町。神戸はそんな町であってほしいと思います(談)1973年6月号もともと話をするのが不得手なのと、講演などは私の本来の仕事ではないので、大低はお断わりするのだが、関西の大学から依頼されると何となく承諾してノコノコ出かけて行く。そしてそれが京都や大阪での仕事であっても事情が許す限り宿は宝塚ホテルにとる。阪急電車に揺られながら窓の外を眺める。東京近辺の黒褐色の土をみなれた眼に赤っぽい土の色が鮮やかに映る。「ああ、帰って来たんだ」。戦争中、まだ慶応の予科生想い出すこと遠藤 周作(作家)39
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