KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2020年1月号
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神戸は日本中いちばん個性のある都市だった。この「だった」という過去形はあるわけはない。焼け野原になろうが「神戸」。そこにいる「人」は、神戸気・っ・ぷ・を今もやっぱり身にしませそれが「神戸の気っぷ」を、今も持っているにちがいない。神戸に日本で初めての活動写真が紹介された。明治二十九年だった。神戸はそのころ世界文化の入口だった。それは、その気っぷ、その誇りは今もあって、私は神戸生まれ、神戸育ち、これに誰もが誇りをもっている。その神戸が焼け野原となったからとてこの神戸気・・質までも焼けつくすわけはない。今この目に見る神戸は残酷だ。けれど非情な言い方をして申し訳ないが、こうなってこうなるという時が神戸ゆえ必ず来るであろう。おどろく日が来るであろう。神戸はその力を持っている。神があるかどうかわからない。けれど、神戸は戦争でつぶされた都市ではない。大自然のなせるわざである。神のなせるわ・ざ・ではあるまいが、大自然のなせるわ・・ざ。これは、人の世の常、運命の常。それこそ神の目と神の心で、見ちがえる神戸となって生まれ変わる日が来るのだ。あの神戸と驚く日がこの大自然の大不幸のあとに来る。去年この目で見た広島の立派さ。五年十年それが百年になるであろうとも神戸は日本一、世界注目の、神戸の個性をあふれさせた超大都市になることはまちがいない。1995年2・3月号35

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