KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2020年1月号
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これら、ちっぽけな地面しか持たない神戸が海外を相手に日の出の勢いで発展していった物語は、まさに光の時代といえるだろう。歴史に埋もれた記憶に光を当て、読者の皆様の心に、神戸への誇りを蘇らせることができたことは作家として幸せに思う。だが、光さす場所には必ず影ができる。神戸の影。それは、この狭い土地に一気に流入した人間の、実際の暮らしである。開港当時は数千人にすぎなかった神戸人が百万人規模にふくれあがり、一時は東京の人口にせまる日本第二位になったのだから、生活レベルはとても文化的とは言えなかった。たった四畳半の貸間に親類家族七人が暮らすなんてざらだったし、労働者の福利厚生もなく、怪我でもすればたちまち困窮。スラムに身を寄せ、その日その日をしのぐしかない。いちばんの犠牲になるのはどこの世界でも子供たちだ。神戸の貧民窟は日本最大になった。うそぉー、おしゃれな都市神戸にそんなことが? と驚かれようが、事実である。そしてそんな”影”に沈んだ人々に、愛の手をさしのべた男がいた。賀川豊彦。生協や共済の生みの親であり、ノーベル賞にノミネートされた偉人である。けれども、人々が痛みを癒やし、神戸が豊かになるとともに、彼も忘れられていった。つまり彼は、神戸の影を拭い去り、幸せにして去った男、と言い換えられるだろう。今、私は、その賀川の妻ハルを通して、歴史の再評価に挑んでいる。『春いちばん ~賀川ハルのはるかな旅路』(月刊誌『家の光』に連載中)がそれだ。令和の幕開けとともに開始した連載だが、完結するにはまだあと二年はかかる。待てない、という方には定期購読を勧めるしかないのだが、神戸人ならこの人をけっして影に沈めたままではいけない、そんな思いに突き動かされてペンを進めている。光と影、二つで完結する真の神戸。ぜひ応援を願いたい。「花になるらん~明治おんな繁盛記」は文庫になって新潮社より令和2年3月刊行予定。27

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